ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

【書評】『中高生のための文章読本』は願いのつまった一冊だ

あすこま先生たちの渾身のアンソロジーが発売になっています。

国語科教育ブログを自称しており、リーディング・ワークショップやライティング・ワークショップのことで色々と教えてくださったあすこま先生の強い思い入れを感じる一冊だからこそ、本ブログでも紹介しなければ……と思っていたのですが、それだけに半端なことを言えないなぁとしばらく宿題にしていました。

そろそろ発売から一ヶ月が経ってしまうので、まだまだ中途半端な理解しか出来ていないところなのですが、今回、ご紹介したいと思います。

既に各所で優れた書評が出ているので、自分が書けることが数少なくなっているため、n番煎じとなってしまっていることは笑って許してくださいませ。

心地よさと安心感

色々なところで言及されていることだけど、本書の特徴として「詩」から始まり「詩」で終わることがある。

これは教材として考えたときに一見すると低いハードルながらも授業の調理の腕次第で色々な可能性を広げることが出来るのも面白いし、読書体験としても気張りすぎずに心地よく読書を始めることが出来る感じがする。

同じ筑摩書房から出ている評論選などに比べると、この「心地の良さ」という点は大きな違いがあるように思う。

ほかの筑摩の評論選などは、個人的な好みを言えば「勉強になるけどあまり好きな読書ではない」という感じである。

自分は国語科の教員をやっているが、致命的に読書が苦手である。自分の人間性の本質としてあまり読書が好きではない。仕事や研鑽として本は人よりは多少は読むが、読書家を名乗るほど本への思い入れはないし、難しい本を読むことには苦痛をしっかりと感じている。

そういう自分の感覚からすると「高校生のための」と銘打たれている他の筑摩の評論選は割と居心地が悪い。さすがに内容については一通りには理解することができるけど、それでも何となく居心地が悪い。

これは個人的な感覚の問題だから、質的に筑摩の評論選が劣っているということではないことは強調しておきたい。ただ、何となく心地が悪いという気持ちは、おそらく読書が苦手な生徒たちにとっては一層ハードルが高いのだろうなとは思うのである。

その意味では本書はいたるところに安心感がある。

始まりと終わりの詩の優しさもその一つだし、「本」としての質感も安心感がある。

行間の広さや裏写りの少なさも読みやすいと感じるし、「課題」ではなく「手引き」という設定の仕方も優しい。別冊解答集がないのも精神的にはありがたいんです。

実践者としての願いへの共感

どうしてこれほど「優しい」のだろうか。この「優しさ」の源泉を考えていくと、この本の読者として、確実に「目の前にいる子どもたち」という具体的な存在がいるように感じられる。

実際に自分の「現場」を持ち、毎日ひとりひとりの子どもたちに向き合いながら実践をしている人間が見えてくる感じがする。

大人の期待値だけで子どもに本や文章を薦めると、難解なものを薦めがちである。ある意味で力みとも言うべきものがある。子どもたちの読書体験の様子を見ていると、すぐにはその良さが伝わらないだろうなと思うことは少なからずある。

本書のセレクションにはそのような力みはない。それでいて、子どもたちを侮ってもいない。本当に適切な時期と手渡し方をすると自然に読めてしまうよな、そういうセレクションの仕方だと感じる。

こういう文章の難易度の選び方、配列の仕方、手引きの書き方を見ていると、本当に「今、目の前にいる子どもたちが様々な文章を読めるようになってほしい」という願いがあることが伝わってくる。

文章を読めるようになるということはとても難しい。そういう難しさに直面しながらも、よい文章との出会いと手引きで子どもたちが読める力をつけることができるという願いを感じる。

根本的には、よき文章には人を動かす力があるという信念のようなものもあるように思う。非常に国語の授業の実践者として王道的で骨太な信念だと思う。

読書家として導く

本書の「手引き」はかなり個性的だ。おそらく、他の評論選とは全く温度感が違うし、狙っている到達点も全然違うように思う。

本書の「手引き」は文字通り、「手を引く」ようなもの、つまりは「読書家の先達として子どもたちの手を引いていく」ようなものだという印象を受ける。リーディング・ワークショップのミニ・レッスンのような、カンファランスの時に「手渡す」技術のような、そういう方向性だ。

基本的に「手引き」は読者が必要ないときには邪魔にならないような書かれ方がされている。読書体験として「手引き」があることで体験が分断されてしまうような書き方はされていない(その点、他の筑摩の評論選は、問題集感が強いのだよね…)。

ただ、ちょっと読んでいて気がかりだったこと、読み返したくなることに「問い」という形で手引きが置かれているさりげなさに、読者のことを想像しながら丁寧に何度も検討したのだろうな、という印象を受ける。

編者たちは後書きで「大人のお節介」(P.221)と書いているけど、押し付けるような感じはしないし、いつか手を伸ばしたときにしっかりと「手を引いてくれる」ために待っていてくれているような感じだ。

本書の終章の直前にある「評論と楽しく付き合う4つのコツ」はまさにリーディング・ワークショップのミニ・レッスンそのものだなぁと思う。これが最初に書かれたら「お節介」に過ぎる感じがするが、ここまで読み切った読者がここで出会うことで「次の楽しみとしての読者の技」を手渡しているような感じだ。

読者として、読書を経験するとはどういうことなのか、何が楽しいことなのか、そういうメッセージを読み浸る中で少しずつ納得して欲しい、そういう願いを強く感じるのだ。

近年の読解力をめぐる議論はかなり難しいものを感じている。RSTのような読解が本当に読解力なの?という疑問を個人的には持ちつつも、国語科の外側からは「書いてあることをちゃんと読ませろ」という物言いを何度も強くされるようになってきている感覚がある。

そのような息苦しさの中で、もう少し落ち着いてしっかりと「読む経験」自体に浸るという余裕を欲しているし、そのような経験をどうすれば出来るのかという一つの参考になる本書が現れたことを非常に嬉しく思っている。

余談として

完全に余談ですが、本書を一読したときに一番感じたこととしては「あ、これから作る定期テストのネタが……」でした(笑)。自分は定期考査を必ず初見で出します。それは読解の技術を考査で評価したいという思いもあるけど、一方で考査が「真剣に読む時間」であることを利用して、ぜひとも読んで欲しい文章を出題して読んで考えてもらっている。

もちろん、考査前に急にネタ本が出来るわけではないので、日々、少しずつストックしておくのですが、今回のこの一冊の中で生徒に読ませたい文章がいくつか被っていたため、考査の問題としては無事、お蔵入りになりました(笑)。だって、この本は生徒に読書を勧めるので、もはや考査の初見の文章としては使えない。

別の使い方を考えよう!

逆に言えば考査で読ませるみたいな姑息なことをしなくても、堂々と一冊勧めることが出来れば、色々な可能性を開けるのだからとてもありがたいものです。

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