ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

「質問づくり」と教室における読みはつながるか?

Moon

「山月記」に悩む。 

www.s-locarno.com

教室において40人で一斉に読むということはどういうことなのかを考えなければいけないよなぁ…と定番教材を目の前にして慄くわけです。

生徒が主体的に読みつづけようとする原動力になるのは「問い」であることを信じてみたいと思っているけど、果たしてその「問い」はどんな形があるんだろうか?

今年は一年間継続して「質問づくり」をやっているけど、果たしてそれは読むことに繋がるだろうか?

「質問づくり」の良さは…

今年は継続して「質問づくり」をやっている。 

たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」

たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」

 

過去記事は以下の通り。

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「質問づくり」は生徒が言葉を非常によく吟味し、ある事柄に対してじっくりと探究していく態度を育てることに有効だと感じている。与えられた質問ではなく、自分たちで十分に言葉や問い方を吟味した質問だからこそ、その答えに対して答えたいという気持ちになる。

だからこそ、「何かについて多角的に検討する」ということや「論ずるに値する題材を選ぶ」ということについては効果的である。

読むことの指導と「質問づくり」の据わりの悪さ

そのような「質問づくり」だからこそ「読むこと」においても「質問」が生徒を小説に粘り強く向かわせる力になると思う一方で、「スキル」のようなことを指導しなければならないと感じる時には「質問づくり」から「読むこと」を始めることは難しいように感じる。

「質問づくり」で出てくる「質問」は魅力的で個性に富んだものであるけど、だからこそ何かを指導するということとは相性が悪い。まあ、「質問づくり」という手法の発想が「指導」とは異なるところからスタートしているから、妙なハイブリッドはいけないよなぁと思う。

「質問づくり」は物語の全体を丁寧に読んでいくということとは上手くかみ合わないかもしれない。「質問づくり」で出てくる「質問」は、どうしても「ピンポイント」で限定的な内容になるからこそ、小説のように様々な見方を考えて欲しいようなものにどう生かせばいいかちょっと悩む。

あぁ……自分も精読しなければいけないというような呪縛に捕らわれているような気がする。ある小説をピンポイントに好きなように読んでも悪いことではないんじゃないか?でも、そういう読みだけを教えているだけではダメなんじゃないかという気もする。どうなんでしょうね、このあたりは。

また、「質問づくり」は協働的な作業が前提だ。だからこそ、質問のように「個人」が自由に受容していいはずの小説を、グループで作った質問に縛られて読むのもちょっと息苦しい感じはする。

質問を課題として与えるか……?

読解を指導するときには課題を与えて考えさせるほうが、教えたい技術をコントロールできるし、色々と都合がいい。

しかし、課題を与えて答えさせたときに一番嫌なことは、授業担当者としては「生徒の自由な読み」に委ねたいところであるのに、生徒の方は〇か✖かということの方に気が向いてしまう。

また、結局、与えた課題に答えるということは、本気で自分が答えたい問いに答えることになるとは限らない。本気で答えたいと思わない答えを本気で考えようとするだろうか。

本気で小説全体を読ませたいと思うし、本気で読みたいというモチベーションで読んで欲しいと思う。今の生徒にとっては「山月記」は語彙がなじみがないだけでも難しく、我慢強く何度も読んで考えを深めていくためには強い動機づけが不可欠だ。

与えられた文章を強制されて渋々読むという面は全部は否定できないかもしれないが、どこかで自分にとって物語になってほしいと願わずにはいられない。だからこそ、自ら「知りたい」と問うことを求めて生きたいのだけど……「質問づくり」の経験からもわかるけど「問う」ということ自体、何か強いひっかかりを持っていないと動き出さないよなぁ…。

一つのぼんやりとした方針として

授業で、「小説を読むということ」自体がどのようなことかを教えなければいけないように思う。非常に抽象的で焦点のはっきりしたことがまだ自分では言えないけど。

でも、生徒にとってなじみのない言葉で書かれる「山月記」を読み通すということは、「小説を読むということ」を通して何か意味のある行為だと納得されたときに達成できるような気がする。ひいては、そうやって難しい言葉や読みづらい文章であろうと、「小説を粘り強く読み通すこと」ができる方法を伝えていくことが、生徒の読書の幅を広げ、読解の幅を広げることになると思うのです。

だから授業の方向としては、自分で「質問づくり」をすることは後回しにして、まずは「粘り強く読み、自分の考えを検証し、より明瞭で深い思考を言語化する」というサイクルをこちらの設定する課題に回答していくプロセスで実行していけないかなぁと思う。

うーん……どうやって問いを与えれば、問いを立てて考えるのだろう?

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