昨日の話の続き。
実際、教科書の採択はどうなったか
昨日の記事で、第一学習社の教科書と高校の現場の話をちらっと述べたが、では、実際に、どの教科書がどのくらい採択され、今年度からどのように動いたのかということが気になるところである。
実は、この点については自治体のホームページなどで確認できる場合もある。例えば東京都を例に見てみよう。おそらく一番分かりやすくデータを出してくれている。
まずは「現代の国語」の採択の割合から。
(令和4年度使用都立高等学校及び都立中等教育学校(後期課程)用教科書 教科別採択結果(教科書別学校数)(文部科学省検定済教科書 共通教科)P.2より。2021/09/14確認)
続いて「言語文化」。
(令和4年度使用都立高等学校及び都立中等教育学校(後期課程)用教科書 教科別採択結果(教科書別学校数)(文部科学省検定済教科書 共通教科)P.2より。2021/09/14確認)
これだけ見ても分かりにくいと思われるので、今年度の採択の状況も資料として提示してくれているので、それも併せてみてみよう。
(令和4年度使用都立高等学校及び都立中等教育学校(後期課程)用教科書 教科別採択結果(教科書別学校数)(文部科学省検定済教科書 共通教科)P.13より。2021/09/14確認)
掲載されている教材自体が異なるので、単純に「文学」の生むだけを要因として比較することは出来ないし、教育出版が撤退してしまっていることもあるので、きちんとした比較は難しい。そもそも「教科書」と一概に言っても、実は世間一般がイメージするのとは異なり、同じ会社の同じ科目の教科書にもいくつか種類があるのである。そのため、同じA社を採用するとしても、教科書の種類によって全然、狙いが異なることがある。
例えば、話題になっている第一学習社であるが、「高等学校 現代の国語」には「羅生門」などの文学教材が掲載されているが、「高等学校 精選現代の国語」や「高等学校 標準現代の国語」には文学教材が掲載されていない*1。
とはいえ、こうして明確に数値を出してもらえると何となく雰囲気が分かるのはありがたいところ。
この数をどう捉えるべきか
さて、参考数値とはいえ、このような数の出方をどのように捉えるべきか。
やはり、まずきちんと注目すべきは「現代の国語」の採択の割合だろう。今回、「羅生門」などの掲載の有無で話題となっているのは「現代の国語」の方である*2。
「現代の国語」の方に「言語文化」で指導するべきだと思われていた文学教材が掲載されたことに疑義が唱えられているのである。
「国語総合」の教科書が「現代文+古典」なのか「現代文」と「古典」の分冊なのかという事情で次年度からの教科書とは少し事情が異なるとはいえ、もともと「国語総合」の教科書のシェアにおいては第一学習社は最大派閥だとはいえ、33%くらいだった。それが「現代の国語」に文学教材を掲載する唯一の教科書になったことで、シェアが40%を超える程度にまで伸びている。他社のうち筑摩のみが微増しており三省堂がシェアを半分に減らしてしまっているが、その他の会社についてはほぼ変動が無い。
「言語文化」について見ると、「国語総合」の時と比較してもそれほど上位のシェアが、第一学習社のシェアが変わっていないこととみると、その違いが気になるところである。
上述したとおり、1割弱のシェアを持っていた教育出版が撤退してしまっていることがあるので単純な比較をすることは難しいが、「現代の国語」の採択の割合に少し動きがありそうだということが見える。
ただ、これは東京都に限った話だけであるので、全国の数値ではない。教科書のシェアについてはなかなか簡単に資料が手に入らない。レファレンス協同データベースにある通り、「日本教育新聞」が年末に調査結果を出してくれるので、それを見るのがおそらく一番分かりやすいと思われる(ので、今の段階ではなんとも分からない)。
ただ、色々な自治体のホームページなどで採択状況を眺めていると、第一学習社がとにかく多いイメージ。もともと一番シェアが大きいだけに、変化しているのか元々なのかは分からないけど、文学教材の掲載の影響は小さく無さそうな印象である。
各社の教科書の内容について
各社の教科書の内容についても、そろそろ採択の時期も過ぎたし、あれこれと紹介してみたいところなのだが、なんとなく紹介することが憚られる。
そこで、教科書の内容について知るために便利な資料を紹介しておこう。これも東京都のホームページである。
このページの中の各科目のPDFを見てもらうと、各社の教科書にどのような文章が掲載されており、それがどのような領域と対応しており、さらに各社の教科書の構成上の工夫の特徴がどのようなものかということまで紹介されている。少し引用してみよう。
例えば、話題になっている第一学習社の教科書の内容については…
(令和4度使用 高等学校用教科書調査研究資料「現代の国語」P.22より。2021/09/14確認)
……「A話すこと・聞くこと」何処行った?*3
この辺りの配当の仕方は、教科書会社によってもかなり差が出ている。例えば、シェアを落とした三省堂は……
(令和4度使用 高等学校用教科書調査研究資料「現代の国語」P.13より。2021/09/14確認)
定番教材の数が控えめな印象で、新しい素材もかなり含まれている印象。そして、領域のバランスをかなり学習指導要領に寄せている印象である。……結果的に、シェアが減るという。
なお、筑摩は保守的な方向にとがっている印象である。
(令和4度使用 高等学校用教科書調査研究資料「現代の国語」P.21より。2021/09/14確認)
個人的には授業で使う好みの教科書にはならないが、筑摩のこういうポリシーのあるところ、好きだぜ。これも第一学習社とは好対照だが、ちゃんと三領域のバランスを取っており、なおかつ「国語科の教員の好きそうな」ラインを手堅く押さえている印象。
これだけだと分かりにくい点については、構成上の工夫として別途説明されている。
(令和4度使用 高等学校用教科書調査研究資料「現代の国語」P.33より。2021/09/14確認)
話題の第一学習社の教科書はこういう評価となっている。
上記の表で「話すこと・聞くこと」が文章教材に含まれていないのは、この領域を「表現編」へ「押しやった」からという事情が分かる*4。
堂々と「文学のしるべ」と載せているのですよ、第一学習社……。
本日のまとめ
新傾向は嫌われ、旧来の形に寄せる方が好かれるという傾向にある。
とはいえ、比較的に「ぶっ飛んだ方向」の(=今回の改訂の主導者に近い立場の人たちが多く関わっている)教科書である大修館のシェアが比較的大きいのはどういうことだろう?もともとシェアは大きめであるので、その流れか、それとも挑戦しようという心意気か……。
もっと実態を理解するためには、おそらく進学校か、専門学科か、進路多様高か…などの色々な条件で検討しないと難しい気がする。
実際、自分が一番、厳しいと思っているのは突き抜けていない進学校ですからね……。学校の力でちゃんと生徒を育てなければならない進学校の、その学校の教科書や、授業がどうなるかの与える影響は小さくないのではないかと思うのです。
*1:ここにも実は実務的な問題があって、実は第一学習社の「言語文化」の無印の教科書には「羅生門」などの文学教材が掲載されていない。そのため(そのような採択の仕方をする例があるのかは別として)「現代の国語」と「言語文化」で教科書を異なる会社から選ぼうとすると、組み合わせによっては「現代の国語」と「言語文化」の教科書で素材の重複、もしくは欠落が起こってしまうのである。
*2:ちなみに、この辺りも若干の誤解があるように感じられるが、高校の教科書から「羅生門」や「夢十夜」が消えてしまうというのは誤りである。「言語文化」の教科書に引き続き掲載されている。
*3:ちゃんと巻末にまとまって掲載されています。巻末に。巻末に付録のように……
*4:他社の教科書でも「理解編」と「表現編」のように「読むこと」とそれ以外の教材を「あからさまに隔離して」掲載している教科書会社はある。この「隔離」した紙面構成は、「国語総合」の分冊編と同じくらい、科目の意図や授業改善を損なうことだと思うので、個人的には非常に厳しい目を向けたいところです。とはいえ、分類されて掲載されていると、それはそれで便覧のように使える便利さはあるのだが。