去年、Evernoteが改悪されてとんでもない使いにくさになった。
正直、料金もあまりに高すぎてどうしてくれようかという気分が強い。
ただ、Evernote自体のアカウント自体は残し続けるのだろうという気持ちはある。その一番の理由は東日本大震災の記録を溜め込んでいるからである。
他のサービスなどにエクスポートするという手段もないわけではないのだが、うまく行かないいくつかのページもある。記録が欠けてしまうことはなんとなく気持ちが悪いのである。
すべてを記憶するために
東日本大震災の時にEvernoteは寄付を日本に行ってくれた上に、有料サービスを一時的に無料ユーザーにも開放してくれていた。
ちょうどその頃に無料ユーザーでEvernoteを使っていた自分は、その恩恵を受けて有料版の機能を使うことができた。その時、震災のあとで比較的手持ち無沙汰になっていた自分がやったことは、ネット上の震災関連の情報をEvernoteに溜め込むということだった。
あまりにショックだからこそ、やがて忘れてしまうことに備えてひたすらデータをEvernoteに溜め込んだのである。
正直、そのときの情報は見るとトラウマが蘇るような感じがするので、あまり読み直そうとは思わない。
ただ、そこにデータが有るということが、いつかなにかのために役に立つのではないかという気分だけを抱えている。
Evernoteがサービスを停止して、この過去の記憶にアクセスできなくできない状況を生み出すのであれば、言いようのない絶望に陥りそうな気がしている。バックアップはするとしても、どうしてもうまく行かないものもあるので。
このためだけに課金をしてもよい
Evernoteが立ち行かなくなってしまうのは困るので、自分の記録の保管料として有料課金をしてもよいかもしれないと思っている。
今回の能登の震災を受けて、久々に自分のEvernoteの記録を見直した。
やはり記録として残しておかないと忘れてしまうものがある。そして、その記録はなにかで代替することができないのだ。
年間で1万円くらいの料金は他のサービスに比べるとかなり高い。Notionに課金したほうがよほど生産的であると思うんだけどね……。
でも、自分が必要だと思っているものであれば、適切にコストを払うべきなのだ。まあ、無料でアクセスできなくなります!と言われるまで支払いは粘ってやらないのもありかもしれない。