ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

【書評】特別だから出来るのではない

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積ん読を消化しています。本日はこちら。

千葉大学教育学部附属小学校のオンライン学習の取り組みです。休校の時にはかなり話題になった学校です。

www.watch.impress.co.jp

さて、その内実は…?

オンライン以前の苦しさ

千葉大学と言えば、国立大の中でも決して規模の小さい大学ではないはずなので、その附属の小学校ともなれば、資金も潤沢にあって、最先端の教育が出来るのだろう……ということを一般人は思いやすいのですが、そういうイメージからは180度逆のことが、本書では語られる。

……本校の運営費は、教育学部を通じて予算化されていますが、その予算では研究どころか、初等教育を行うこともままならないのが現状です。(中略)ところが、平成十六年に国立大学法人として、独立行政法人化して以降、国からの運営交付金が毎年一%ずつ減額され、学部からの運営費も抑えられてきています。しかも、かつては千名ほどいた児童数も、今では六百四十名程度の規模に減ったため、前年度の繰越金や予備費を取り崩していきつつ、どうにか赤字を出さずに済ませている状況でした。(PP.28-29)

こんな状況で、どうしたらオンライン授業の環境が整うというのか。無論、この後、附属小の関係者の方の努力や工夫によって、オンライン授業の環境を成立させるところまでたどり着くわけであるが、ここまでしないと達成できないものなのか、という暗澹たる気持ちになったわけです。教育にどれだけ金をかけない世の中なんだ…。

金のない状況は公立も私立も同じである。工夫しないと教育が出来ないというのも気持ちとしては辛いけど、工夫して手の届くところにICTはあるというだけ望みがあるのかもしれない。

なぜオンライン学習に挑戦したか

全国の教育関係者やマスメディアからも注目されるくらいに、オンライン学習への挑戦をし続けた千葉大学教育学部附属小学校。なぜ、これほどまでにオンライン学習に挑戦できたのか。

その問いに対する答えは、冒頭にハッキリと書いてあった。

このまま教師が何もしない姿を子どもたちに見せるわけにはいかない、ただその一心でした。(P.11)

一方で、オンライン学習について、決して準備万端にコロナ禍を迎えたわけでないという実情も書かれている。

後に、一部メディアからは、この初動の早さが取り上げられました。ただ、その決断の早さや機動力について称賛の声を聞くたびに居心地の悪さを感じています。確かに、早い行動に見えるかもしれませんが、コロナ禍が起きるまでは、オンライン学習の実現を目指していたわけではありませんし、必要性も感じていなかったのです。(PP.20-21)

こういうところも、どこの学校も同じでしょう。ただ、その場になってからの瞬発力の差があったのだと言って良いだろう。その瞬発力が「教師が何もしない姿を子どもたちに見せるわけにはいかない」という心意気に支えられているのだろうという点に共感が覚える。

その上で、本書の冒頭の内容を読むと…。

本書は「附属だからできたオンライン学習の理想の姿」を示すものでも、「オンライン学習」を絶賛するものでもありません。本書は「オンライン学習」に学校として取り組み、実行してきたからこそ見えてきた交々についての歴史的な教育実践記録です。(P.3より)

なるほど、この意味がよく分かった。

もちろん、ノウハウも

本書にはもちろん、具体的な方法論も述べられている。そちらの質も、悪戦苦闘の結果なので、非常に高い。

ただ、メインはノウハウではない。

ぜひ、「未知の状況にどう挑戦するか」というメンタリティに共感できるのであれば、手に取って欲しい一冊だ。

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