ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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考査の季節

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考査が徐々に近づいてきた。考査の問題をどうするかという寝付きが悪くなる時期がやってきましたよ…。

考査に振り回される自分

色々な内規やらクラス間での有利不利が出ないようにすることやら理系と文系やら……様々な条件に考査が縛られる。そして、その考査での不利益がないようにするために、自分の授業が振り回されている感じがする。

その最たるものが「受験」なんだけど…これはまた別の話として。

考査が近づくにつれて、考査の問題を作成し始めると、授業に自然と影響が出るわけで……。どうも授業の方が考査の方に引っ張られていく感じがある。本末転倒である。

本来は、育てたい生徒像があり、そのために適切な方法を選び、授業が行われ、その授業でどれだけ力をつけたかということを評価するのが考査である。

考査の平均点をどうにかするための授業と学習課題になってしまっていると、本当に本末転倒である。

「テストの方法と、学習の方法とを区別して考える」ということです。とかく、テストの方法がそのまま、学習の方法であるように思って、「勉強」というと、なにか、テストの問題をする、というふうに思っている人が、案外多いようです。

(『大村はま国語教室 第13巻 国語学習のために』P.281より)

あぁ……耳が痛いのである。

大村はまは、「要旨」を書く力がどのようにつくのかということを例に挙げて、テストと学習の違いを説明していくのである。そして、テストばかりが学習になっていることに対して以下のように憂慮を述べる。

わたしは、皆さんが、たとえば、文章の要旨を確かにつかめるようになりたい、そういう力をつけたいと思って、「ある文章のあとに、その要旨を書いた四つの文があり、その中から一つ、よいものを選ぶ」というようなことに、熱心になって、その文章の要旨を自分で書いてみないことが多いようなので、それが心配なのです。自分で書いてみて、友だちと比べて、その同じでないところは、ちょっとした表現まで、じゅうぶん話し合い、研究するとか、先生に、問題とすべきところを指示していただいて、くわしく研究する、というような、ほんとうの学習にあまり力がは
いらないようなのが、心配なのです。

(上掲書 P.283より。下線強調は引用者。)

下線強調した箇所の内容は……今の自分には本当に耳が痛い。書かせたものにこだわってどれだけ研究しているだろうか。また、もう一カ所、下線強調した箇所にある「先生」の役割は、ちゃんと授業の見立てが立っていないと不可能なことだ。「一体、何をやらせているんだ…?」ということが明確になっていないと、「問題とすべきところ」なんて見えてこないのであるし、そのフィードバックを受けた生徒が「くわしく研究する」ということには繋がらない。

あぁ…これって、完全にパフォーマンス評価ですよね。

次の言葉は、生徒への言葉である。

テストのあとで、合計点ばかりに目をつけている人は、テストを生かしていないのだとわかったでしょう。ただ、ここで、はっきり心にとめておかなくてはいけないことは、いわゆるテストでは、計ることのできない国語の力が、たくさんあるということです。あせらないで、ほんとうにことばを使って、勉強し、人と交わり、生活を築いていきましょう。

(上掲書 P.284より。)

あぁ……心が痛い。本当に反省すべきは大人の方である。

工夫が求められていない気もしてしまう

作問する側が気合いを入れすぎると、たいてい、考査の平均点は酷いことになる。50分という考査の時間で、欲張りすぎるからである。それ自体が生徒の見立てを誤っているせいではあるのだが……。

まあ、平均点は操作的なものである。配点をいじれば調整だって出来てしまう。

ただ、それ以上に堪えるのは、点数が取りにくいから「勉強しなくても良い」と短絡しがちな生徒の様子を見ることである。

自分はほぼ考査は初見の文章で出す。教科書の本文はまず出題しない。同じ文章を出題するのは、記述問題を重くやらせたいときである。

でも、初見の文章だからといって、授業で扱った文章を読み直したり要約を書き直したり、議論し直したりするという勉強が無駄になるような問題は出していないし、むしろ、そういう努力を求めているのだけど……なかなか、これが伝わらない。

まあ…3日で10科目とか考査を受けることになると、「費用対効果」の低い科目は、「出たとこ勝負」になりやすい事情もよく分かる。これもやっぱり余裕がないのが大きな原因である。部活動停止が1週間前って学校は多いと思うが、そこから毎日3時間をやったとして、20~30時間くらい勉強時間が確保できるとしても、1教科2~3時間くらいなものである。…それはもはや誤差のような勉強時間である。

追い打ちをかけるように、学校の授業予定は考査の次の日から考査返却などの日程が立てられているわけで……面倒な答案の採点は厳しい。

なんだか踏んだり蹴ったりに、「工夫しないで良い」と言われているような気がしてしまうが、それでも自分の職人としてのこだわりで、考査を面倒な物を作っていくのです……。

 

 

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