ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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授業の準備が一番楽しい

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月曜日から残業。出張のためには仕方ない。

しかし、こうして授業の準備を、しかもパフォーマンス課題を作成しているときが一番楽しいのだ。

生徒の挑戦の姿をイメージしながら

生徒に見せ場となる課題を準備している時が一番楽しい。そして、その準備が一番、手間がかかって苦しいとも言える。

ただ、こういう時ほど、大村はまの言葉を思い出すのだ。

やってもやってもやり尽くせないような学力です。つまり、国語教師の学力、それをほんとうに磨かなければならないというふうに思います。ああせよ、こうせよという注意事項は全部自分が実行済みというぐらいの自信をもつことが大事なんではないか。そこにすばらしい例がさっと出せない限り、どんなふうに話せということばは効果がなくなってしまいます。

(大村はま『大村はま国語教室第1巻』(P.352)より)

ブラックまっしぐらですね。本日も管理職から残業がかさんでいるという注意が来たのだけど……だったら、教務ではない仕事をなんとかしてくれと思いつつ…。

生徒のために準備するパフォーマンス課題は、自分がどこかで挑戦してみて、そして色々な失敗をしてみてつかんでいる感覚を大切にして、作るのが自分のポリシーである。だから、逆にいうと自分が完全に苦手というかやる気がわかないために挑戦していないインプロみたいなことはやれない。…これはこれで勉強しなきゃならんけど。

単元学習というのは、やはり、私自身も成長の喜びに燃えてくるという、そういうものなんだろうと思うのです。

同上P.355より

こういう気持ちがよく分かる(というとあまりに恐れ多い気がするが)ので、ついつい、授業で生徒がどのような姿を見せるのかと言うことを考えて、学習のてびきの作り込みに手間をかけてしまうのだ。

辛辣には言うけど…

Twitterでこういうことを呟くのは、最近の風潮に思うところが少なからずあるからである。

教員が研究する文化と学ぶ文化を失ったら、それは何をどう理屈づけしても、優れた授業のオンデマンド配信と優れた企業の教材に勝てるわけがないのだ。

教員が、自分の力で教室で生徒に力をつけることができるのは、自分の独力ではない。色々な教室文化の積み重ねの成果である。それを抜きにして、学校の授業づくり、研究を否定してしまったら何が残るのでしょう…?

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