ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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【書評】探究と対話のために

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様々な探究の本が発売されていますが、この本もよい本となりました。

この本の最大の特徴は「対話」が中心にある「探究」の方法を提案していることだ。

知識の全体像を描くということ

序章で、こんなことが書いてある。

中学生になるとよく生徒が「これを勉強すると何のためになるのか」という疑問をしばしば持つようになりますが、それは、知識と社会の関わりについての全体像がないままに学び続けることへの抗議なのです。(P.42 強調は本文ママ)

この一文は、タコツボ化していく高校の教科指導に加担している人間としては重く感じる面が大いにある。決して社会に役立つための勉強をさせたいわけではないが、分断されて自分の専門領域だけを教え込むことや価値を薫陶することが教育だとは思わない。

引用部分の言い回しの重要な部分は「知識のための知識」でもなく「社会のための知識」でもなく、慎重に「知識と社会の関わりの全体像」という言い方をしている部分だ。

「知識の全体性」(P.43)という筆者がいうものは、本来、全ての教科の学びを、学び続ける動機、知的な好奇心の源泉となるものである。しかし、最近の探究の様子をよくよく見渡すと、「探究のために知識を統合しよう」「探究すれば教科横断的になる」という言い回しが見られる。よく考えると倒錯しているのである。何かを学ぶということは真正の学びであれば、自然と全体性のある知識に出会うことになる。探究するために都合の良い社会の文脈を切り取って持ってくれば、知識が統合されるのではないのである。

では、人はどういうことに学ぼうとする意欲を持つでしょうか。(中略)ひとつは、世界がどうなっているかが分かるような、一種の見取り図のようなもの、あるいは地図のようなものがほしいという願望です。(中略)もう一つは、何かができるようになりたいという気持ちです。

(P.48)

本書は、このような学ぶ動機を持てるようになる経験を教える側が、学校が提供する必要性を重視し、探究的な学びの価値を主張している。

探究のスタートとして

本書では探究の始まりとして次のことを述べている。

自分の探究が、最終的にだれのためのものか、何のためものかをはっきりと意識して探究を開始します。(P.56)

この点を重視した探究の方法を論じているのが本書の特徴である。この点を重視する理由は本書の後半で、筆者の明確なメッセージとして述べられている。

「探究」は、みんなのために、自分だけではなく他の人の役に立つために、やるものです。(P.145)

この「他の人の役に立つため」ということは、決して直接的な課題解決や利益の追求というニュアンスではない。この後に「学術や教育は真理を探究することに目的がある」(P.157)と述べ、質疑で議論が深まっていくことの重要性などを説いていることから分かるように、本書では生徒一人一人が「探究の共同体」に参加できるようになることを重視している。

どうしても今の探究が「活動」や「SDGs」をすれば探究になると言わんばかりの活動主義になっていることに比べると、明確な違いを感じる部分でもある。この「自分だけではなく」という部分は、突き詰めて考えると「評価」をちゃんと行うということの表れでもあると感じる。

今の多くの苦労して行われている探究に切実さが欠けているような例が多く見られる原因の一つが、「だれのためのものか」という意識を子どもに持たせられていないことによるのかもしれない。相手がいないからこそ、「評価」が生ぬるくなるのである。

哲学対話と探究

上述の通り「探究の共同体」に参加できるようになることに力点があることもあって、本書では探究の有効な手法として「哲学対話」を取り入れることを提案している。

本書で紹介される「哲学対話」の方法は、非常に簡易な説明となっているが、探究を駆動させていくために、どれほど「哲学対話」が有効なのかが伝わる形で書かれている。本書の肝の部分であるので、ここでは紹介を避けるが、「ゆっくり進める」ということの重要性が、どうしても慌てて活動ばかりに陥る現場へのヒントになるような内容が充実して書かれている。

例えば、探究をする上でよくある悩みとして聞こえてくる「問いが決まらない」「上手く問いを絞り込めない」というような悩みに対する一種の処方箋として、哲学対話の有効性が本書を読むとよく分かるのである。

もしかすると、「哲学対話」の背景的な知識があった方が、この部分は理解しやすいかもしれない。

時間に追われている身としては耳が痛い…。

文系の探究学習の助けにも

どうしても高校の探究の様子を見ていると、「探究学習」のノウハウは比較的「理系」の研究の仕方に寄っているような印象を受ける。

おそらくSSHの成果を背景として探究学習のノウハウが考えられているということもあるだろうし、そもそも文系の研究よりも理系の研究の方がやり方自体は分かりやすいという面も大いにあるだろう。

文系の探究をするには、結構、学校図書館の資料だけでは心許ないことも多く、文系の探究をしていると、調べ学習で終わってしまう可能性も高いのである。

なかなか文系の探究が難しい状況になっていることを考えると、本書は文系の探究の助けになるのではないかと思う。

平易な記述ではあるが、文献の調査の仕方やまとめかたをちゃんと整理している点も、文系の探究をしたい生徒に示すのには助けになるのではないかと思う。

別に本書の中で文系理系という区別が成されているわけではないが、図らずも、受難の文系の探究の助けになっていると感じるのである。

課題図書にも良いかも

先生の勉強として読むのにももちろん役に立つが、ちくまプリマーであることからも分かるように、本来の読者は生徒だろう。

前にも紹介した

中高生からの論文入門 (講談社現代新書)
 

と併せて読むことで、生徒の探究の幅が広がると思うのである。

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