ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

【書評】GIGAを突き詰めると

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GWもそろそろ終わりですね。また、忙しい毎日に戻っていくことになりますね。

さて、今年は関係各所ではGIGAスクール元年と話題になっています。自分は私立高校なのでGIGAとは縁遠いところにいるものの、その動向がどうなるかは非常に関心を持って見守っています。

かなり地元の様子を見ると混乱しているようですが……。

研修の余裕もなく、突き進んでいるところもあり、なかなかどうしたらよいかというイメージを持てないでいる学校が多いように思います。そんな混乱している学校にこそ読んで助けになる一冊が発売になりました。

国公立大学附属中学校の取り組みなので「公立にはできるわけない」なんて思わず、ぜひ、手にとって欲しい一冊である。

sites.google.com

※サンプルページです

ICTは文房具

本書の中で何度も出てくるキーワードが「ICTは文房具」である。生徒自身がICTとの付き合い方を考えて、必要な場面で使いこなせるようになることの大切さが、何度も繰り返し説明されているのである。

それは教育上効果があるという意味での説明でもあるが、一方で、本書の中で生徒がICT端末に向き合って真剣に学習活動に取り組んでいる姿の写真があったり、生徒の成果物が大量に掲載されていたり(物によっては生徒の作成の動画までQRコードで閲覧できます。許可を保護者に取る手間を考えると非常にチャレンジングな試みです!!)と生徒の道具としてどれだけ馴染んでいるのかということが雰囲気として伝わるような構成になっている。

特に印象的であるのが、生徒たちが使っているタブレットの写真が掲載されていることだ。これは、デバイスで何を使っているかという話ではなく、生徒一人ひとりが自分の好みと用途に合わせてどんなタブレットケースやキーボードを使っているかということがわかる写真である。

三年間使い込んだタブレットケースのくたびれ方に「なるほど、こうやって本当に活用されているのだな」ということが伝わってくる。

自己調整というビジョン

また、本書で繰り返し説明される言葉に、本書のサブタイトルにもなっている「自己調整」という言葉がある。

上越教育大学附属中学校が育成を目指す「資質・能力」の一つの柱として自己調整学習が挙げられており、本書に掲載されている実践の多くが、生徒の自己調整を促すような仕掛けと野心に溢れているのです。

逆に言えば、「自己調整」というようなビジョンがあるからこそ、一人一台iPadを生徒の文房具として、できるだけ制限をかけるのではなく、必要な場面を考えさせて積極的に活用しようという学校のデザインになるのだということがわかる。

もちろん、それは放任という意味ではないので、中学生という発達段階に合わせたiPad活用のガイドラインが作られていたり、保護者との連携を密に取る工夫があったりと、生徒に対するセーフティネットもしっかりとしているように見える。

セーフティネットは確保しつつも、生徒に任せているからこそ、「間違った使い方をしているそのときが絶好の指導機会!」(P.7)という言葉が出てくるのだと思う。この辺の考え方は「デジタル・シティズンシップ」の考え方に近い。

本書では「情報モラル」という言い方をしているものの、従来の先回りしてガチガチに固めてしまうような指導ではないのがわかる。

運用と管理のデザイン

本書の最終章は学校のハードのデザインに関する話と、ICT支援員についての話である。

ICT環境がどのように構築されているかというイメージ図と、実際に導入している設備については、今後、あとから追いかけていく立場からするととても参考になると思う。いきなりすべての道具を揃えても仕方ないので、急所になっているところを押さえつつ、生徒の活動の幅の広がりに合わせて少しずつ拡張できればいいなと感じる。

…公立だとそういう柔軟な運用は難しいのだろうか。私立は稟議が通ればどうにかなることは多いので、スピード感はそれなりにある。公立は……柔軟であってほしいな。

さて、本書の最後の話題として重要なのがICT支援員についてである。本書の中で繰り返し出てくる言葉の一つがICT支援員だ。

他のGIGAスクール関連の本だと、ICT支援員の話は少し触れられているものもあるが、本書のように、ICT支援員の業務内容が詳らかに説明されている本は、管見のところ、教員向けの本だと見たことがない。特にICT支援員の実際の一日の業務内容を、タイムラインに沿って図解していることなどは、かなり興味深いし、今後、ICT支援員を導入しようと思ったときに、関係各所に説明しやすくする資料であるように思う。

これまで聞こえてくるICT支援員の話が、例えば、教員が悪い意味でICTの活用について丸投げしているだとか、名前はあるけど支援員の姿を見たことがないだとか、支援員と教員の間で考え方に軋轢が生まれただとか……あまりよい話がなかった。

その原因の一つが、本書で明快に説明されているような形での支援員の仕事の整理と説明ができていなかったことにもあるのだろうなと思う。教員の都合だけでデザインしてもダメだし、技術側の理屈だけでデザインしてもダメだし、まさに協働が必要な文脈なのである。

本書の各所でICT支援員の支援に対する謝辞が繰り返し述べられ、支援員のフォローによって授業が成り立っていることを折に触れて説明していることが、非常に印象的である。

Tipsとしては読まないで

本書の半分くらいは各教科の授業の実践モデルの紹介である。QRコードなどによって実際の生徒の成果物を閲覧できるなど、ICTをフルに活用した面白い実践報告になっている。

しかし、だからといって、本書は自分の教科の授業をどうしようかということを考えるだけのTipsの寄せ集めのように読んではもったいないし、実際、同じように授業をしようとしても成立しない可能性が高いのである。

本書の中でも附属中学校の大崎先生がこのようなことを述べている。

この本の第2章に載っている附属中学校の実践を読み、実践をやってみようと考えて、GIGAスクールで端末が来たばかりの学校の先生が授業をやっても、多分、うまくいかないと思います。それは附属中学校が、端末を道具として生活の様々な場面で子どもたちに使わせて、学習の基盤となる資質・能力を耕してきたからこそできる実践だからです。この本では、そういう資質・能力、すなわち情報活用能力が基盤として機能すると、各教科の授業がこういう感じでできるようになりますよという例を示しているのです。(P.12)

非常に重要な観点である。

ぜひ、本書を読む機会があるならば、「この授業が成立するためには、普段の生徒はどのような姿で端末を使っているのだろうか」という想像をしてみることが大切だと勧めておきたい。

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