ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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引用で書くこと

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大修館の『国語教室』 第114号にこんな記事があった。

佐渡島紗織「参考文献を積極的に引用させる│高大接続が求められる文章作成指導」(PP.48-49)

www.taishukan.co.jp

高校の授業を考えていると、「引用」をどうするかということは、かなり大切な問題だと感じている。

前提として思うこと

今回の記事は高大接続の文脈で佐渡島先生が「引用」の重要性について論じている文章であるが、この文脈で高校の教員として気をつけておきたいことが、「高校の授業は大学の勉強の下請けではない」ということである。

生徒への動機付けの根拠に、大学で役に立つからという理由しか持たないことは非常に危険である。この記事の中では「引用」の重要性の一つとして

様々な目的で引用ができるようになると、文章には多くの視点が含まれるようになり、より緻密に考えが練られたものであると読まれるだろう。(同上P.49)

ということを挙げており、「高校生の文章作成力ひいては思考力を大いに高める」と「引用」を指導することを価値づけている。

このように、「引用」を指導することの目的が、「大学で使うから」だとか「指導されない生徒を送り込まれたら大学が困る」だとかの理由ではなく、生徒の資質・能力を伸ばすために必要なことであるという視点をちゃんと持ちたい。

引用で書くことの価値を自信を持って生徒に伝えられるような授業の組み立てをすることが前提だろう。

引用の重要性については、最近では『独学大全』が流行ったおかげで、生徒にも紹介しやすくなったと感じる。

引用で何を教えるのか

個人的に、高校の教室での「引用」の指導は面白そうなことがありそうだと、ずっと思っているのだけど、なんやかんやとちゃんと考えて、授業として結実させるのと放棄していたので、そろそろちゃんと考えたいところ。

こういう本も読んではいるのですが……。

活かすところは見つけられないで右往左往。

そういう中で、この佐渡島先生の記事の中で「引用」指導の観点として

  1. 参考文献を証拠として挙げる
  2. 使える 「引用」 機能の レパ ー トリーを増やす

を整理している。

この整理は、高校の教室で指導をしている実感からすると、非常にすっきりとした整理になっていると感じる。

一つ目の「参考文献を証拠として挙げる」ということは、次期学習指導要領の中でも話題になっている「情報」の扱い方とも関連してくることであり、実際、生徒が苦手としていることである。

大学入試の小論文を指導していても、とにかく客観的な「根拠」を示して論じることは苦手である。唐突なたとえ話や個人の体験談だけで小論文を押し通そうとする印象があるので、「証拠を挙げる」ということの指導が足りていないことを痛感している

(現実的に、入試の小論文で学術のお作法に基づいての引用が出来るかは微妙だけど。あと、採点基準などをちゃんと明示的に述べていないことにも問題はあると思う。採点講評を載せている大学はその意味では良心的だけど、毎年同じような文言を載せている大学は…)。

二つ目の「引用」の機能という視点はとても重要だと個人的に思っているのだが、なかなか広汎になってくることなので、どうしたものかと頭抱えているところである。記事の中で挙げられている機能だけでも、複合的で高度な思考力が並べられているので、授業に落とし込むには結構、色々と分解して考えていかないといけないのが分かる。

ただ、この「引用」は単純に「情報」だけではなく、むしろ文学寄りの、レトリックとしての授業の可能性も強いだろうと思う。というのも、こういう文脈で思い出すのが

の中で、「再話」ということを、何度も形を変えてトレーニングしていたことである。

書くことがとても多様な方法があるということを授業を作るときにもちゃんと思い出したい。

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