ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

一つの習慣

本日は連休の谷間で出勤日。

ひたすら続ける

自分は担任である限り、必ず続けている一つの習慣がある。

それは、朝と夕方の教室整備である。

こういうことを書くと、自分から仕事を増やして教職のブラックかを助長するような真似を推奨しているように見られてしまうかもしれないが、これは誰に強要するわけでもなく、自分の習慣として続けていることである。

生徒達と掃除はするのだが、掃除をした後に生徒が活動をするから、結局、放課後の最終下校の時間帯になると机は乱れているしゴミだって落ちている。

もちろん、荒れ放題ということではなく、一つ二つ気になることがあるという程度の話である。

ただ、自分にとってはそれがとにかく気になるのである。

例えば、朝一番にせっかく登校してきたのに、机がキレイに並んでいなかったりゴミが散らかっていたり私物が散乱していたりしたら嫌になるだろう。

学校に普通に登校するということは、この仕事をしているとどれだけ難しいことかを痛感する。だからこそ、子どもたちが学校に登校してくるときには、きちんと整備された場所に迎え入れたいのだ。

とても小さな違いに過ぎないので、別にサボったところで生徒も気づかないだろう。もしかすると気がつく生徒もいるかもしれないが、多くの生徒は気づかない程度の仕事である。

毎日、5分だけ教室に行ってちょっとだけ整頓して帰って来るという具合だ。

それを出勤している日については必ず続けている。

毎日を始めるルーティン

たまにあまりに散らかっていて「イラッ」っとすることはあるのだけど(笑)、こうして日々、少しずつ整頓していると教室も散らかりにくい。だから、毎日の少しの時間で済むのはありがたいところ。

もちろん、この仕事を手放せば、それだけ早く家に帰れるし、生徒自身が自分たちで整理整頓を心がけないのであれば意味が無いという見方もできる。

ただ、この毎日の整理整頓は、自分にとってはひたすらルーティンなのだ。

そのルーティンをすることで、自分が学校の仕事の中で何に対してイライラとしているかを自覚するためにも必要な一人作業だし、教室の散らかり具合を見て生徒の余裕のなさを確かめるために必要な作業である。

同じルーティンをひたすら続けることによって、気づくことがあるのだ。同じルーティンを続けているから、違いが出たときに何かに気づく。

それが役に立つこともあるけど……ただ、そういう状況なのだと気づくだけでも色々と自分を整理することができる。

この教えるという仕事は、感情を振り回される仕事だ。

自分の軸がどこにあり、何を大切にしているかの自問自答をしつこくルーティンにできていないと、簡単に自分を見失って苦しくなってしまう。

自分にとって、自分の生徒の居場所を大切にすることは、自分が落ち着いているためのお守りなのだ。

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