ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

無茶をするから失敗もする

大学入学共通テストでしたね。

今年は平均点が上がりそうな様子ですが、どこまで上がるかは予備校で意見が分かれているようです。

だいたい様子を見ていると2020年並くらいですかねぇ…?どうなるかはあと数日の集計を待つしか無いですから、今やれることをしっかりと進めるべきすね。

成長のためには無茶をする

自分の今ある環境を変えていこうとしたら、どこかで無理をしなければいけないのだろう。

例えば、新たなスキルをつけようとするのであれば、仕事が立て込んでいるけど無理にセミナーに通う予定を入れたりオンライン講座の受講を決めたり大学院に進学したり……そういう無茶をするから自分のできることが少しずつ広がるのである。

でも、そういう無茶や無理をすれば、当然ながらどこかで歪みがくる。仕事でミスをしたり納期に間に合わなかったり周りの不興を買ったり…色々なトラブルを招くものだ。

無茶は成長を約束しない

そこまで無茶をしても、必ずしも良い成果を得られるとは限らないのである。

無茶をして失敗をして痛い目に遭ってもそれが徒労に終わるような場合はいくらでも存在する。

むしろ、首尾良く成果を上げられる方が稀だという自覚はある。ちょっと無理すれば出来るかなぁ…ということをやってみても、仕事を増やすばかり成果が出ない……そんな印象がある。

まあ、それは自分の仕事の段取りや根回しが下手なので一般化できる話ではないかもしれない。

ただ、成長をしなければ無茶することは意味が無いのか?

無茶と失敗で寛容になる

成果がでないとしても、無茶をする価値はある。

それは無茶して失敗して、それでももがいて向上心を持っている人に対して寛容になれるということだ。

やっぱり無理や無茶をして失敗されると、普通にイラッとする頻度は高まる。

でも、それが必至に自分が成長したくて失敗しているのだと分かるのであれば、成長のために失敗をしようとした経験のある人は、その失敗には寛容になれる。

根本的に授業とは無理と無茶の繰り返しである。それは授業者も子どもたちも。

だからこそ、上手くいかない瞬間の方が多い。

でも、失敗に対してイライラとして成果ばかりを求めるようになったら、新しい授業なんて挑戦できないのである。

失敗を喜ぶような文化がGoogleにはあるというが、そういうメンタリティでいたいものだ。

でも、それは挑戦して無理をして、失敗してみないと分からない感覚かも。

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