自分は「教える」という行為自体についてはスキルは高くない。
だいたい、根が暗いので人前に立って何か話をしたり喜ぶようなことをしたりすることはできない。
天才的に面白く話したり生徒を引きつけたりすることが出来る人の能力を羨ましく思うことも多い。いつまで経ってもなかなか生徒の横に立ったような授業ができるようにならない。
人並みを揃える
基本的に突出した能力が無い自分のようなステータスだと、人並みに出来ることを揃えていくしかないのだと思っている。
授業づくりで画期的なアイデアを作れないのであれば、既存のアイデアをきちんと丁寧に拾ってくることや誰かの実践を追試してそれなりの成果を上げることなどは、スキルセットとして身につけたようには思う。自分でオリジナルを作れないからこそ、誰かの残した記録を丹念に辿る。
そのために必要な教材の見立てや授業の立ち振る舞いなどは練習すれば、そこそこには身につくものである。
抜群には、できるようになる気が全くしない。しかし、平均値を揃えるところまではやれそうな気がしている。
幸いにして、自分の学んで来た領域は日本語学なので、国語科教育では周辺領域である。だから、何か、素材に対してこだわりすぎてしまうような、そういう我執はないのだ。
なんでもだいたいいつでも同じクオリティに。そういうのが自分の強みでもあり、致命的な弱さでもある。
着実に進めるために
そういうスキルセットになっているから、自分はとにかく仕事が溜まるのが嫌である。仕事が溜まると、その解消にはどこかしらに無理をしなければいけなくなる。
歪な形の課題を処理するためには、突出した能力が必要になる。そういう能力は自分には無い。
だから、普段からコツコツと、地道に仕事をするしかない。
あまり楽天的にもなれないし、地味に本を読みながら、頼りなく授業を進めていくのが日常なのだ。
いつになれば、しっかりと自立できるようになるのだろう?
そういう日が来るのだろうか。