ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

追い詰められたときにほど

今週のお題「ほろ苦い思い出」

自分が万全を期していても、思わぬトラブルは起こる。そして、思わぬところから、大ダメージを受けるような出来事に巻き込まれるものである。

そして、そういうキツい瞬間ほど、自分の仕事や能力がハッキリと試されるし、自分の地が出るのである。

いざという時には間に合わない

自分が苦しいタイミングで、どれだけの味方がついてくれるかは、その土壇場になった時にはもう間に合わない。

自分が職場で、周りに対してそれなりの態度をとっていたのであれば、それなりの対応を周りからも受けることになる。いざという間際では、もう何も取り返せないのである。

本当に仕事が苦しいときほど、自分が職場で築いてきた財産が試されるのである。

そして、そうやって自分の持てるものを全部投入して乗り越えてきた修羅場は、自分の地力を引き上げる。

あのときは苦しかったけれども、今となってはもう誰も気にしない……でも、あの体験があったから自分の行動や能力が変わったのだといえる体験は誰にでもあるだろう。

短期的に変化するならば

数年で色々なものがリセットされるのであれば、短期的な自分の利得だけを追いかけていれば良いだろうと思う。その意味だと生徒たちの人間関係は短期的な利益を取る方が分かりやすく得に見えるかもしれない。実際、どうなるかは分からないとしても。

なかなか学校生活の数年間くらいであれば、いざという土壇場を経験することは多くないだろうし、そもそもそういう状況にならないように大人はかなり配慮しているでしょうから……。

本当に困ったときほど、自分の普段が試される。でも、そういう経験を積ませることは学校の現場だと結構難しいかもしれない。

ある意味で、そんな後から振り返ってほろ苦くなる経験を進んで準備する必要も無いからなぁ……。

想像力をどう持つか

経験はどのような説明にも勝る説得力がある。だからこそ、こういう嫌な体験は、一度してしまえば、何が重要かと自然に学ぶこともあるだろう。

その一度が命取りになる可能性だってある。

だからこそ、本当は失敗してもやり直せる学校という場所で経験できた方がいいのだろう。ただ、そんな機会はあまりないし、積極的に誘致したくもない。

そうなると、やはり大人が子どもに伝えていくしかない。想像力の領分だ。

そういう失敗したときに何が起こるのか、何が大切になるのかということの想像力はどうやれば生まれてくるのだろうか。

想像していた以上に、やはりこういう経験は厳しいことが多い。

ただ、その経験に直面したときに困らないような日常を過ごして欲しいと思うのだけど……まあ、余計なお節介なのだろう。

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