※画像はうちのクラス………のイメージです
リーディング・ワークショップとは全く無関係に、自分の勤務校では朝読書が行われようとしています。簡単に朝読書というけど、やっぱりそう簡単に上手くいくとは思わないのです。
この表紙の写真のような読書の様子をさせたい教員は多いのだけど、何とも言えない気分になる。
しかも、この本には以下の四つの原則が掲げられているのだけど…
- みんなでやる ― 全校一斉に生徒も教師もみんな読書する
- 毎日やる ― たとえ一〇分でも毎日続ける
- 好きな本でよい ― できることから始めよう
- ただ読むだけ ― たった一〇分間、読む力をつけるのに集中
この全てがグダグダではじまるので、なかなか厳しいだろうなぁ…と見通している。特に、個人的に致命的だと思うのが、1と2が徹底されないことだと思う。コメントはしたんだけどね……。
とはいうものの、公的にどうどうと本を読む時間を生徒に与えられることはよいことであるので、せめて自分のクラスの学級文庫を充実させるために奔走し始めました。
学級文庫が弱い
勤務校の学級文庫は非常に弱い。というのも、予算がないので図書館からの廃棄の本を学級文庫に回しているからだ。一応、教員からのリクエストがあれば何とか一冊、二冊は入れてもらえるそうだけど、基本的には予算がない。
当たり前だけど、廃棄の本は図書館で動かないから廃棄であるわけで……。それが回ってきたところで、やはり学級文庫としては弱い。司書さんも頭を抱えていることなので文句も言えない。そもそも、俺、図書の分掌でないので図書室にアドバイスもできないし、図書会議にも出られないし!!
そんなわけで私財を投じる
偉そうな書き方をしましたが、自分の家で死蔵されている「二度と読まないだろう本」を学校に持ってくるだけです。
残念ながら実家に多くの本を置いてきているので、持っていける本の数は多くなかったのですが……。
しかし、この方法の問題は、基本的に選書が自分の好みに偏ってしまうことだ。自分が読まない本は学級文庫に増えていかない。
逆に、自分が本当に好きな本も学級文庫には置きにくい。こういう言い方するのも残念なんだが、子どもたちの生活の様子を見ていると本の扱いは粗雑だから、自分の好きな本が教室の床に落ちていて踏まれていたら泣く…。いや、むしろ殴るな。うん。
自分の職業的倫理観を踏み外さないためにも好きな本は置きにくい。
また、結局、図書室の破棄の本を学級文庫にするのと同じで、結局、あまり面白い本が揃わない。
個人的にはライトノベルを忍び込ませることができるのはいいのですが(笑)
本を買うならブックオフ
新品の本を買い与えるまでの気概がないのが自分の小物ぶりなのですが……お金は大切です。
ブックオフが家の近くにあるので、セールの時を狙って大量に買い込みに行きます。
当然、本の種類には限界があるものの、自分が普段読まない本を気軽に買い込むことができるので、自分の読書の幅を広げるための作業としては悪くないです。
この前、ブックオフで芦田惠之助全集の4巻だけ売っていたのは何だったのだろう…。
古本ということであれば、古書店や古本市の方がまとめ買いできる場合もあるんだけど、近くに古本屋がないこととそうやって手に入れられる本が学級文庫向きになるかと言われるとやや厳しいことが多い。
ま…新書ならブックオフが安定的に供給できます。
生徒から寄付を募る
自分たちの学級文庫なんだから生徒から寄付してもらえばいいじゃない……と思うものの、そもそもあまり本を読まないから学級文庫を充実させてあげたいと切実に思うわけで、寄付を募ったところで数はそろいません。
そして、やっぱりいらない本を集めても……である。
図書館に頼る
やっぱり一番良いのは図書館に頼って数を借りることである。学校図書館はもちろんだけど、場合によっては公共図書館の集団貸出かなぁと……でも、確認してみたら過去にうちの学校はそれでトラブル起こしているらしく渋い顔されたのだよね…。
学校図書館から持ってくるのはいいのだけど、他のクラスのことも考えるとあまり自分のクラスだけ…とはいかないだろうなぁ。そこまで大掛かりにするなら、自分のクラスだけではなく、図書の分掌が配本を考えてもらうべきだろうし。
学級文庫をどうしてますか?
リーディング・ワークショップをやりだしたこともあって、本が多くある環境の重要さを身をもって感じている。
また、Reading Zoneを読んで出てくるアトウェルの学校のクラスルームの蔵書の量を見ても、その重要さをますます感じている。
The Reading Zone: How to Help Kids Become Passionate, Skilled, Habitual, Critical Readers
- 作者: Nancie Atwell,Ann Atwell Merkel
- 出版社/メーカー: Scholastic Prof Book Div
- 発売日: 2016/11/16
- メディア: ペーパーバック
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ちなみに、蔵書の確保の仕方については次の本にも書いてある。
読書家の時間: 自立した読み手を育てる教え方・学び方【実践編】 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)
- 作者: プロジェクト・ワークショップ
- 出版社/メーカー: 新評論
- 発売日: 2014/04/18
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (1件) を見る
ここで書いてあることも図書館からの貸し出しと寄付がメインだ。
しかし、厳しいよなぁ……。結局、自分が私財を投じないとなかなか一人に一冊という最低ラインも確保しにくい。実際、生徒の好みの幅や興味の幅を考えたら教室にはジャンルの異なる本が300冊くらいは欲しいかなぁという感覚がある。
読書するかしないかは文化です
シビアな話かもしれないけど、その学校で読書の時間が成功するかどうかは、その学校の読書に対する文化があるかないかということが大きいと感じている。
その意味だと、冒頭に書いた通り、勤務校は先行実践が示している4つの原則のどれ一つすら尊重できないような水準にあるわけで、それで「読書をしろ」と時間だけ決めて強制するのは、やはり子どもには苦痛だろうなぁ…というのが想像できる。
自分が教室に本を置くのをためらうのは、子どもが本を大切にできないからということが大きいけど、そういう文化を許容してきたからこその今がある。いきなり、朝読書するからといって本の扱い方を気を付けろといっても、姑息というものだ。
何よりも、やはり教員だろうなとも思う。読書の時間に一緒に読書しないで事務仕事をしたり、読む本のない生徒に本を渡せなかったり、読書を自習にすり替えたり、読書という文化を育てるという文化がない場所で、読書は育たないだろうと、やはりシビアに思ってしまうのです。
少しずつでも、変えていこうというのであれば、やっぱりまずは本の量をきちんと確保することだと思うのです。私財ではなく、公的な予算が付けばいいのだけどなぁ…。