ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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「論理国語」やら「実用国語」やら

White Wagtail (Japanese Pied Wagtail) ♂ / ハクセキレイ

今になって随分前の記事が読まれている。

www.s-locarno.com

これはパブコメの時の「案」について、気になるところをつまみ食いして書き散らしているものなので、あまり今の段階となってじっくり読まれても得られる情報はないと思う。

そして、自分としてもそれほど語りたいとも思わないことなので、論じる気もない。

少し情報を付け加えておく。

解説の本は増えているよ

ネットでお手軽に手に入る情報だけでなく、ちゃんと議論するならある程度の背景まで含んで理解したほうが良いのではないでしょうか。

高等学校国語科 新科目編成とこれからの授業づくり (シリーズ国語授業づくり)

高等学校国語科 新科目編成とこれからの授業づくり (シリーズ国語授業づくり)

  • 作者: 町田守弘,幸田国広,山下直,高山実佐,浅田孝紀,大滝一登,島田康行,渡邉本樹,日本国語教育学会
  • 出版社/メーカー: 東洋館出版社
  • 発売日: 2018/08/10
  • メディア: 単行本
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新学習指導要領対応 高校の国語授業はこう変わる

新学習指導要領対応 高校の国語授業はこう変わる

 

上記、二冊については学習指導要領の改訂に深くかかわった人の立場も含め、国語科教育としてどう捉えられるのかということを説明している二冊である。

少なくとも、これまでの学習指導要領からどのように変化したのかということやどのような狙いがあるのかということは述べられている。そもそも、今まで改訂において、小中はまだしも、高校の学習指導要領についての議論がこれほど盛り上がり、こういう書籍まで出版されること自体が異例中の異例である。

議論するならば議論すればいい。今まで注目もされないである意味で治外法権になっていた高校なのだから、オープンに開いて「何が要請されるのか」「何を教えたいと思うのか」「何を教えなければならないのか」ということをフィードバックしていけばいい。

上記、二冊は文科省に近い立場からの議論なので、まったくそちらの事情を汲まない立場からの議論ならばこちらを読んでも良いだろう。

国語教育の危機――大学入学共通テストと新学習指導要領 (ちくま新書)

国語教育の危機――大学入学共通テストと新学習指導要領 (ちくま新書)

 

個人的には高校の国語についての現状認識に誤りがあると思われるし、「情報」の扱いを揶揄するような書きぶり*1にはイラつきを覚えることが多いものの、理路としては筋は通っているところもあるでしょう*2

なお、『国語教育の危機』については、一切言及する気はない。愛せぬ場合は通り過ぎよである。

話をもとに戻すと、少なくとも現状であればいくつかきちんと専門家が背景から含めて論じている本があるので、もう少し直情的な議論から脱して、色々と参照しながら議論できる時期には来ているので、少なくとも国語科の教員や関係者はきちんと資料に当たるべきではないかと思うのですよ。

現実的な影響

現実的にどのように子どもや社会に影響が出るかは正直自分には分かりかねる。

現場としては三つくらい論点はありそうな気がしている。

教科書の問題

学校の授業がどうなるかということについては、教科書の影響が大きい。教科書がどうなるのかということについては、かなり流言飛語といいますか噂が飛び交っているが、先行き不透明である。

まことしやかに「文学国語」も「論理国語」も両方の教科書を買う学校が増えるのではないかという教科書会社が宣伝しているとかいないとか……誰も正解が分からない。

ただ「論理国語」にフィクションはほぼ載せられないでしょうから、「論理国語」の看板で文学的な文章を扱うことは難しかろうと思われます。

入試の影響

今回の改訂が大反響になっているのも、皮肉なことに大学入試とセットだからという面は否定できない。

ただ、記述式の問題についてはかなり入試における扱いが微妙である。今年度中に各大学からどのように活用するのかということについてのアナウンスがあるはずだが、東大が割と消極的なこともあって、先行きは不明。

そもそも国語の試験としても、評論+小説+古文+漢文だったものに、記述問題が追加されるという形であり、配点が明らかになった時に「あれ?意外と小さいぞ」という話にもなりうる。

そうなってくると、高校の授業に与える影響が小さくなっていく可能性はあるかもしれないなぁと思ったりもする。

商売魂たくましく、こんな本がすでに出ている。

国語記述対策問題集―〈実用国語〉へのアプローチ (大学入学共通テスト)

国語記述対策問題集―〈実用国語〉へのアプローチ (大学入学共通テスト)

 

ただ、記述問題、別に文学的な文章についての出題は否定していないので、来週末のプレテストでいきなり文学の記述問題が出たりして。そうしたら、この今の騒動は何なんだとなりそうなので、それはそれで見てみたいものだが。

現場での運用

身も蓋もないことを言うが、現状だって「国語総合」を勝手に現代文と古典に分業して教えている学校は山ほどあるし、学習指導要領には「話すこと・聞くこと」「書くこと」について明確な時間数が書かれているのに、その時間数を守っている学校を聞いたことなどほとんどない。

結局、義務教育ほど縛りのきつくならない高校の現場において、なあなあに今までと同じことが再生産され続けていく可能性がある。羊頭狗肉である。

だから教科書会社も「論理国語」と「文学国語」の両方を買うんじゃないですかとか言ってしまうのかとも思うし。

そもそも思うこと

まあ、今後どうなるかについてはいくつか腹案を用意しながら上手くやるしかないのだけど、個人的には以下のように問題認識がある。

これまで、高校の国語が長い時間生徒を拘束したのに見合うだけの何か成果を得ているのだろうかということである。高校の国語の勉強について尋ねられた場合、多くの人は「こころ」だとか「山月記」だとか作品名を挙げるだろうし、もしかしたら受験勉強で苦労した苦労話を挙げるかもしれない。

でも、どちらもそれは「授業」そのものでもないし「授業で何ができるようになったのか」ということでもない。

もう少し、高校の国語の授業を大人になって振り返った時に「こんなことをできるようになったよなぁ…」と思い出されるような方向に授業を変えていけないものかと思うのである。

今、生徒として何を納得しながら授業を受けているのか、どんな力を身につけようとしているのかという見通しを持っているか、あとから振り返ったら国語の授業でどんなことができるようになったのかと説明できるだろうか。

そんなことをもう少し丁寧に考えて、生徒を鍛える、育てること、それもちゃんと高校や学校の内に閉じこもるようなものではない形で、実現できないかと思うのである。

*1:「「情報」という言葉は遡れば軍事用語に由来しますが……戦争ゲームの攻略法と同じような匂いを感じられます(p.91)」など。こういう記述をすることが文学の研究者の仕事だと言われたら特に反論はない。

*2:個人的には怪しいと思う点も多いのだが……俺の偏見だろう。

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