ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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学ぶ仲間は得がたくて

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今はよい時代になったもので、学びたいと思えば、オンラインで簡単に勉強会に参加できるようになった。

ICT教育関係であれば、GoogleのGEGなどはもう70カ所くらいあるので、本当に日々、色々なところで実践者とつながって学ぶことが出来るのだという感じだ。

sites.google.com

遠くの人とは学ぶことで繋がれても、意外と近くで学ぶ仲間を見つけることが難しいかもしれないと感じるこの頃。

忙しさは学びにとっては大敵

学ぼうと仲間を募ろうとしても、根本的に学校は「それどころではない」という空気が強い。最近は働き方改革の圧力もあるせいで、勤務時間終了後に勉強時間を設定しようものなら、上からも下からも嫌な視線を送られるのである。

だからといって、自分の都合にしか過ぎない「勉強し合う」ということ(…自分の都合なのか?)を、勤務時間内に設定するのも憚られるのである。

学外で?となると、もう、自分の職場でリーチする人は、いるんだかいないんだか分からないという状況になる。

パフォーマンス評価のことや観点別評価のことを含めても勉強会は必要だと思うんだけどなぁ……。

こういう事例集を読み合って、感想や疑問点を共有し合うことで、自分たちの教育観を鍛える…という泥臭いけど、確実に学べる方法をとるべきだと思うのですよ。

明日からすぐに使えるノウハウは、それこそ自分で教育書を金払って買って、追試してみて良し悪しを判断すればよいわけで、集まって勉強するならば事例をとにかく丁寧に読み解いて、そこに込められた願いや専門職の教員としての見立てや手立てを読み解く……そういうことが重要だと思っている。

 

 

授業記録を読むという文化が、自分が想像していたよりも現場には存在しない。

そのような状況に対して、割と深刻に危機感を持っているし、自分よりも10歳も若い人が職場に増えてきたからこそ、自分の立場としてはちゃんと実践を読むということを伝えなければいけない職員室の立場だろうと感じるのだ。

タテではなくヨコの関係を

職場で勉強し合おうと思うと、どうしてもそこに日常のタテの関係が出てきてしまう。自分にとっての先輩の教員に対して偉そうに何かをもの申すのも憚られるし、逆に下に対してあまりキツく勉強しろというと、追い詰めることにもなりそうであり、振る舞い方ということは難しい。

また、何を学ぶのかということも難しい。自分は国語科の人間だから、国語科に対しては色々と口を出せる立場にはあるけど、他教科に対しては領域侵犯になりかねない。本来、実践を読み書きすることに教科の縄張り意識なんて必要なく、普段、見ている生徒の姿を共有し合い、思いつきで良いから色々とアイデアを共有し合うことで、教育観を鍛えることが重要だと思うのだが……なかなかそういうフラットな感覚になるのは難しいらしい。

これは大学での育ち方の違いかもしれない。教員養成系の大学の出身だから、色々な教科について、枠を超えて好きに話すことが出来る環境にいたので、自分自身に縄張り意識はあまりなく(そもそも自分も複数の教科の免許を持っている)発言してしまうのだが、自分の領域を大切にしている人もいるということは忘れたらよくないのだろう。

どうすれば、学び合う関係が生まれるか……教員の姿は子どもたちに大きな影響を与えるはずなのだが。

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