ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

もっと自身を褒めてもらいたい

一年の振り返りをする時期である。

この一年間の授業でどれだけのことが自分が出来るようになったのかということをしっかりと見つめてほしいし、その成長を喜んでほしいと思うのである。

観点別評価を不自由にしてしまう

観点別評価は本来は生徒へのフィードバックと指導改善が目的であるはずなのに、入試という大義名分のせいで「値踏み」と「順位づけ」をいかに正確に行うかということに終始してしまっている。その方向性のために観点別評価は「客観性」を保障するための証拠集めに四苦八苦してしまい、そして思い通りにならない点数と順位づけに苦心するという惨状を呈しているように感じている。

 

 

入試というローカルな風習のせいで、だいぶ散々なことになっている……。

通知表の評定を入試に使わないくらいのことをしなければ、たぶん、自由な評価、本当に生徒と教師の双方にとってやりやすい評価は難しいかもしれない。

逆に真面目に生徒の普段の活動を見取って成績に反映しようとすると、「そんなやり方はダメだ」と撃墜される可能性まである。理想通りに行かないのは仕方ないとしても、入試がなぁ…。

ルーブリックは少しずつ

真面目に生徒の複雑で高次の能力を育てようとしたときには、パフォーマンス課題も重要である。

パフォーマンス課題を求めるときには、やはりルーブリックは意義があると感じる。生徒がきちんと求められている基準を読み解いて、自分のパフォーマンスを調整していき、少しずつ能力や思考を高めていく……そういう試行錯誤とやり取りが機能するならばルーブリックは強い。

ただ、現実にはそういう学習過程に慣れていないところからのスタートなので、難しさは感じる場面は多いだろうし、そもそもルーブリックの読み解き方が生徒にとってはハードルが高い。一緒に読んでどうしたら練習できるかを伝えていく時間も必要だろう。

本当は言葉で一目瞭然になればいいのだけど、なかなかそこまでの技術は難しい。

もっとシンプルに褒めていいのに

この時期は生徒と振り返りをする。

成績に関わるような神経質な振り返りはやらずに、自分たちがどう感じているのかという思い出話を語り合うような、そういう振り返りを行うのである。

そういう時に、反省の言葉ばかりが並んでしまうときと、自分がこういうことが出来て嬉しいとか、こういうことが楽しかったとか……そういう前向きなときと、全然ちがう様子を見せることが多々ある。

同じ授業、同じ振る舞いでも、まったく違う結果が出力されるのが教えるという

ことである。

やっぱり……少しでも前向きに終わってくれた方が良いといつも思う。

そう考えると、ABCに窮屈になっている今の様子よりも、もっとシンプルに良さを語らせる時間を取った方が良いのかもしれない。

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