ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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やっぱり行動だな

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授業が始まって二日目。もう通常営業である。

生徒を見て準備すると

夏休みも遊んでいたわけではない(仕事していたわけでもない)のだが、なかなかクダを巻いて進みが悪かったのに対して、生徒が登校してきて、生徒の様子を見ながら仕事をしていると、なかなかよいペースで仕事が進む。

具体的にこういう授業をしよう、こういう形なら面白くできそうだという気分が乗ってくる。

不思議なものである。まあ、授業が目の前に来ているから追い詰められているという言い方をすることもできるけど…。

短歌の単元もゴールのイメージが出来ているので、あとはそれに合わせた各授業の準備をするだけである。この準備が生徒がこないとなかなか自分はエンジンがかからない。これがいいだろうと授業よりも離れて準備してしまうと、イマイチ授業の本番で生徒とぎくしゃくしてしまう感覚がある。

生徒の様子をみて授業の前日までギリギリまでどの素材を渡すか足したり削ったりしている。そんなことしているのでよく誤植してしまうのは反省してます、はい。

今回はシンプルに

今回の単元づくりでよい感じのヒントになったのが、昨日も紹介した

はじめてのやさしい短歌のつくりかた

はじめてのやさしい短歌のつくりかた

 

である。

これは創作のための入門書なのだけど、アンソロジーとしてもすぐれているんだなぁと感じている。「表現」という観点から、色々な著者の短歌を紹介しているので、読み物としても面白いし、創作に繋げるという意味でも面白い。

考えてみると、教科書の短歌は比較的、年代が古いものが多いことや単純に著者別に並べられているので、生徒にはハードルが高くなってしまのだろうな。

同じ「表現」ごとに色々な短歌を並べてみると、それぞれの短歌のよさや特徴が見えてくるし、生徒にとってもどこに注目して読めばいいか分かりやすい。さらに、自分で創作をしてもらうときに、お手本としても参照しやすいのではないか。

また、そもそも教科書掲載の短歌だけだと読んでいる数が少ないのです。少ない短歌を時間をかけて微に入り細を穿つような解説(それはそれで大切なのだが)に生徒が飽きてしまいがちである。

それよりは解説をシンプルにして、自分で色々と読めるように、短歌を「表現別」に集めて並べてみるのもよいのかなぁと。特に創作に挑戦してほしいなと思っているので、細かい解説よりも自分で色々と読んでみて詠めるようになってほしいな。

まあ…そのために量を集めるのが時間かかるのですが……生徒が登校してきたら、いよいよやるかーと仕事が捗りはじめた。

一つでも楽しくなれば

たくさん用意することで、好きなものを一つでも見つけられたらいいな。

自分で好きなものを選べる選択肢を用意できるときには、用意しておきたいのである。

あまり生徒たちには興味のない韻文でも、色々と探せば、ピンとくるものがあるかもしれない。だから、色々と試してみよう。

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