ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

話を聞き、聞かれる

そろそろ夏休みが終わりますね…。色々なところで研修が始まっているという話を聞きます。

news.yahoo.co.jp

……まあ、方法としてはどうかと思うのだけど、人が会わなければ出来ないことはある。宿泊までが必要かは個人的には分からないところですが、お互いに会って話すことが重要であるとは感じる。

研修の位置づけが…

コロナ禍の影響であらゆる研修が中止になったりオンラインになったりしている。その結果、動画やオンライン会議システムでの研修に対しては、かなり厳しい意見が聞かれるようになっているし、逆に対面型の研修についても相対化され「こんなことなら呼び出さないでオンラインでやって欲しい」というような意見も出てきている。

「これまで」に戻れない例の一つだろう。オンラインの良さも分かってしまっているし、オンラインでは出来ないことも感じているところだからこそ、上手い制度設計を考えなければいけない時期なのだろうと思う。

その辺りの難しい話は偉い人に頑張ってもらうとして、自分の周りで聞く話から感じることを述べるとしよう。

それは研修の内容をどのように消化したら良いか分からないという若手が増えているということである。思いはあるのにまとめる言葉を持たないというもどかしい状況になっているようだ。

個人的な感覚ではあるが、オンラインの研修だとその傾向がいっそう顕著になっているような感じがする。動画を見てレポートを提出のような形であると、上手く言葉をまとめられないようなのだ。

思うに、自分の考えをまとめるためには、そのために付き合ってくれるメンターとなるような大人が必要なのだと思う。

 

色々な形で研修の形や教員の成長の形は論じられているが、研修を受ける当事者にはなかなか届きづらい情報である。

多くの場合、教員の同僚性を重視する論考が多い。つまり、一緒に悩んでくれる先輩や一緒に問題に取り組む同年代の必要性である。

当然と言えば当然なのだけど、そのような関係づくりがコロナに限らず色々な要因で厳しくなっているようだ。

自分から動けるか

自分の手の届く範囲によきメンターがいれば幸いだが、苦しい立場にいる若手がいることも何となく聞いている。

自分から自分のメンターを見つけるためのツールは非常に増えている。

そして、色々なコミュニティが出来ているので、そのような場所に足を向ければ、自分の私淑できる相手が見つかるかもしれない。

しかし、苦しい立場にいる時には、そんな外側に目が向くかは……なかなか厳しい状況が繰り返されていく。

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