ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

ちょっとした授業のアイデア

今年度実施した授業のうち、面白かったものを脚色して紹介します。

そのまま全く同じものを紹介すると色々と差し障りがあるので、授業のアイデア例だと思って読んでください。実践報告ではないので、厳密なことは期待せずにご利用ください。

「現代の国語」で様変わり

「現代の国語」が今年度から始まったのだけど、これが世間からはやたらとウケが悪い。実用的な文章を扱うことの比重が増えるために、とても貧相なことをやっているように思われている節がある。

実際、国語の教科書も各社かなり大きく変わった。単元によっては「読解を教える」という意図では扱うことができないような文章が教材として掲載されていたり、レポートの書き方などの解説が詳しく書かれていたりと、結構な様変わりをしている(それだけに国語教育について何か一家言ある場合は今の教科書をよく読んだ方がより面白い提案ができると思うので、ぜひ読んだほうが良いですよと思っている)。多くの教科書会社が「進学校向け」という名の「あまり様変わりさせないでおこう…」という教科書とそれ以外の多様な可能性に挑戦した教科書と複数種類を準備している場合も多い。後者の場合は本当にこれまでの国語のイメージからは離れている。

程度に差はあれ、割と大きく様変わりしている国語の教科書に伴って、授業についても少しずつ色々なことを試したくなるところです。

「現代の国語」については、言い方は難しいのだけどレポートを書くということはこれまでよりも相対的に増えていると思っていい。

だからこそ、「書かされている」という感じにならずに、自分で面白くやれることはないかなぁ…というのが、今年の一つの課題だった。一年間、色々と苦戦させられたのだけど、生徒が割と面白がってやった課題がある。

「推し活」を楽しむ

詳述はしないけど、教科書の単元に「言葉についてレポートを書く」というものがあった。これは「現代の国語」の指導事項のうち

(1) 言葉の特徴や使い方に関する次の事項を身に付けることができるよう指導する。

ア 言葉には,認識や思考を支える働きがあることを理解すること。

イ 話し言葉と書き言葉の特徴や役割,表現の特色を踏まえ,正確さ,分かりやすさ,適切さ,敬意と親しさなどに配慮した表現や言葉遣いについて理解し,使うこと。

あたりの内容に関わる内容であり、領域としては「書くこと」の内容である。まあ、言葉についてのレポートを書こうという単元である。この内容自体は目新しいことはない。

それだけに、ただ「「ある」と「いる」の違いを考えよう」…みたいな課題では、あまり教室でやるには面白くない。個人的には日本語学が自分の勉強してきた分野であるので、そういう考察も楽しいのだけど…。

少し自分たちの言葉について見直しつつ、それを他者にも伝わる言葉で表現するという学習課題にならないかなぁと雑に考えた時に思いついたのが、「自分の推しの歌詞を分析する」という単元である。

まあ、簡単に言ってしまえば「自分の推しを授業で愛でていいぞ」という課題である。

単元のざっくりとした流れ

以下、ざっくりとした単元の流れである

 

  1. 教科書の言葉について書かれた文章を読み、言葉を分析する観点や表現を学ぶ
  2. 生徒の「推し」のグループの歌詞を集めて、熟読する。
  3. 集めた「推し」の歌詞を分析する
  4. 分析結果をレポートにまとめる

 

それぞれの段階に目標に合わせて必要になる支援だとか資料だとかはもちろん必要なのだけど、大まかな流れとしてはこのくらいである。

1.について

導入の段階。学習のモデルとなるような文章を読む。実際に生徒と読んだ文章の分析や表現を用いて、教師見本を見せるのもこのタイミングで。教科書に日本語学的な文章があればそれでも良いし、なかったとしても言葉についての論考は割と高校の国語だとよく出てくる話題なのでたぶんそれほど素材を見つけるのは苦労しないはず。

困ったらこのあたりの本からネタを探しても。

2.歌詞を集めて読む

第二段階として生徒の「推し」の歌詞を集めてもらう。まあ、楽しく自由にどうぞ。ポイントは、一緒に生徒と読むことだろうなとは思う。宿題にすると勿体無いということはお伝えしておきます。授業で集めてみるから面白い。

3.歌詞を分析する

集めて分析ということについては、「書くこと」のアに「吟味する」という文脈で「情報を吟味する際には、分類、比較、関係付けを行い、それぞれの共通点を見出して組み合わせたり、幾つかをまとめて抽象化したりすること」が解説編には言及されており、そこでは「ベン図」などの思考ツールと合わせて説明されている。

まあ、あまりグチャグチャと能書きを書くほどの単元ではないのでこれくらいにしておきますが、「言語文化」の単元ではないので割と機械的、操作的な学習過程になるように意識しておいた方が、つけたい力と指導としてはいいのでしょうね(味付けはご自由に)。

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例えば、上のようなマンダラートを与えるだけでも、歌詞を分類したり比較したり意味付けしたりと、論理的な思考を自然としてくれるのだろうと思います(上のマンダラートはCanvaのテンプレートをそのまま持ってきているので全く国語の授業に最適化されていません。もし、工夫をするならば、各マンダラの中心のマスに「オノマトペ」「語彙」「音韻」などの観点を入れたものを渡すなどは考えられます)。

「推し」の歌詞の分析で難しいのは、どうしても「歌詞」には曲がつくことになるので、「音楽」の分析と「言葉」の分析の境目が曖昧になるので、もし「言葉の分析」を重視するのであれば指導は必要。ただ、「レポートを書くこと」に比重があるのであれば、言葉の分析に重点を置きつつも音楽との関係の話が出てきてもめくじらはたてなくても良いとは思う。

4.レポートをまとめる

学習指導としてはここも大切。どのような書き方を指示するかでかなり身につく力が変わる。

基本的には書き方の教師見本とテンプレートの構成で身に付けたい力を定めていくことになるだろうと思う。

気をつけておきたいこともある

基本的に自分の好きなことを語る、楽しむという単元は生徒は楽しんでやってくれるので自力で最後まで進んでいってくれることだろう。

ただ、好きなものを題材にするのは、結構危ないこともあるのでその辺りは授業者は注意して目を配っておきたい。すぐに思いつくことだけを言えば、好きなものなのにそれを授業の題材にされるのは興醒めする、好きなものをせっかく心を込めて取り組んだのに友達や教員から否定される、好きなものに点数をつけられることへの嫌悪感……好きなものを取り上げるということのリスクはよく考えておきたい。

リスクはあって生徒との関係性があるのであれば、好きなものを扱うことのメリットは小さくないので、教室の見極めが大切ですね。

遊び?学び?

こういう単元がただの遊びや這いずり回るなんちゃらになるかは、やはり教員の授業の見立てによる。どこで何を指示すれば力がつくのか、どういう見本を渡せば、どういう学力がつくのか、どういうアウトプットをどう評価するのか、そういうことをしっかりと見立てられるかが重要なのである。

厳しいことを言うのであれば、なんとなく盛り上がりました、みんな違ってみんな良かったです…では授業ではないのだ。

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