ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

言葉には注意した方が良い

成績をまとめていく時期である。

まずは考査の採点から。考査の採点をしていると授業からあまりにもかけ離れた出来にショックを受ける先生もいるのだけど…。

でも、感情的になって言葉を口にすべきではないのだ。

考査で何を試しているのか

考査の採点をしていて、自分が期待しているよりも生徒の点数が悪ければ、生徒に対して勉強していないと言いたくなるのだけど、生徒が勉強していないとなじって何か状況が変わるわけではない。

むしろ、考査の点数がどのように出てくるかということは子どもの責任というよりも指導者の授業内容、言葉かけ、勉強に対する助言、考査の見立てなどなど、授業者の方でコントロールできることの方が多いのである。

授業者の予想通りの点数にならないとしたら、それは見立てが悪いのだ。もしくは勉強についての指示が悪い。そのくらいの受け止め方をしなければ、容易に子どもの方に責任を転嫁することになる。

また、考査で結局試していることは、その教科の非常に一面的な部分の切り取りに過ぎない。

自分で授業で何をしたかったのかを見失わないようにしないと、点数に自分の方が振り回されるのである。

子どもが出来ないと口にするべきではない

いくら考査の点数が情けなくても、そして明らかに子どもたちの勉強が上手くないことを見つけたとしても、それを口にして文句を言うべきではない。

そういうことを口に出していると、見方が固定されてしまうからである。虚心坦懐に自分の授業のことや生徒との関わりのことを思い返すことが出来なくなってしまうからである。

子どもたちが勉強しないことに対しては、感情的にいう嫌味や罵倒をいう必要は無く、ただ、淡々と勉強しろと言えばよいのである。そして、なぜ勉強しなければいけないのかということを自信持って話せば良いのである。感情的になって自分の思い通りに子どもたちを動かそうとしたら、それは単なるエゴであって、そういう身勝手さは子どもたちにはちゃんと見透かされ、愛想を尽かされるのだ。

いくらでも考査の点数だけならばコントロールする手立てはある。でも、点数の善し悪しが教育の成果なの?

だから、ちゃんと子どもたちにどうなって欲しいのかということを、見失わないように、常に見返していなければいけないのである。

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