ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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焦らずやろうよ

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採点もだいたい片が付いて、次は授業をどうするのかとあれこれと策をめぐらせる。

どこまで面倒を見るのか…

正直、自分の思っていたよりも学習の状況が芳しくない。

覚えなければいけない知識もいい加減だし、高校の入門レベルの問題の正答率もよくないし、課題の取り組みも非常に甘い。

ここまでの様子を見ていると、おそらく、自分で何をしたらいいかが分からない部分もあるだろうし、自分で作業を管理するという発想もないのだろうなぁと感じている。

自力で準備したり考えたりできないのであれば、もう数少ない授業の中で、一緒にやってもらうしかないよなぁと思う。

しかし、そうなると進められる生徒や考えたい生徒の進捗に待ったをかけることになりそうだし、クラス間の進度の調整も難しい。あのクラスはやるけど、あのクラスはやらないとはなかなか難しいものである。

ようこそ,一人ひとりをいかす教室へ: 「違い」を力に変える学び方・教え方

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簡単に「一人一人を活かす」とはなりにくい。というか、授業数が少なすぎて、まともに何かに取り組ませるのが非常に苦しいし、自分たちで進めてもらわないと授業では何も進まない恐れがある。学校行事などが挟まると一週間まるまる授業がないという状況になりかねないのである。

おそらく生徒たちに任せては、よほどのことがなければやらないだろう。もう、これまでの十年近い学校生活で身についてきた授業外のことはサボってもいいという性根は、いかんともできない。そこを動かそうとするのが筋悪なのだろう。

やれることをやっていくしかない。やったというアリバイ作りをするのではない。

自分たちでやれるようになるまでは面倒をみるしかない。シンプルな話だ。

いっそ一斉授業でも…

これだけ時間がない上に、生徒も自力で勉強できないなら一斉授業でいいんじゃないかとも思ったりもする。正直、そのほうが授業準備はラクである。「分かった」という気にさせるくらいにはネタはある。授業数も限られているのでメッキだったとしても剥がれまい。

ただ、やはり色々と置かれている状況を考えても、「分かった」気になってもらって満足して帰ってもらうだけではダメだろうなあと思うのである。自分たちで課題に取り組む力がないと見える現状に蓋をするように授業で分かった気にさせても、自分たちが自分たちで分かろうとする苦労をする姿勢がつく気がしない。

分かりやすいものばかりにしか挑戦しない……そういう姿勢にしたくはないのだよなぁ。

しかも集団でやるのだから。分かりやすいだけなら、動画の授業でも十分である。自力でやれないなら、授業時間に見させることで習慣化すればいい。慣れさえすればペースを自分のものにできる動画の方が効率がいいさ。

何のために集団で授業しているのか。どんな力を伸ばすべきか。

なかなかシンプルで選びづらい問いである。

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