ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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それほどにオンラインの一斉授業がお好きですか?

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こんな記事を見た。(夢十夜的なノリで)

オンラインでの授業のイメージ

www.nikkei.com

このあたりの詳細なソースを確認できていないので、見出しと記事の内容だけで物を言うが、「対面指導」にこだわりたい人が一定数いるのだなぁという自分の経験していることを大差はない。

どうしても、何が何でも一斉に生徒を集めて、もしくは最低限顔を見てしっかりと面倒を見ていますという行動をしないと、指導したということにはできないという思いが学校に近いところにはあるらしい。

mainichi.jp

こういうい見出しの記事が出ることからも、「双方向で授業しなければ授業ではない」という価値観が学校のみならず、強固に根付いているのだなぁと思うのである。

教科書や紙の教材を活用した家庭学習については、すべての自治体が実施すると回答した。

(2020/04/22確認21:00)

まあ、宿題を指示するだけなら学校でなくてもできるからね。だからといって、紙の勉強を指示するだけでは不十分だから次はオンラインで授業しろいうのは、飛躍が過ぎるというものである。

どうしても、授業というと生徒を同じ時間に集めて一斉にやろうというイメージが強いんだなぁと……割と冷ややかに感じています。次の記事も…

www.asahi.com

※有料記事ですが。2020/04/22現在は無料公開されています。

だが、学力の担保には通常授業のようなやりとりが不可欠と判断。新学期からは、全クラスが双方向のオンライン会議形式の授業をすることにした。

(2020/04/22確認21:00)

という調子である。その結果について

開始から3日後、「疲れる」という声があがった。翌週からは休憩時間を延ばし、今週から教師の在宅での授業も本格的に始める。星野明宏校長は「生徒のことを思えば、通常に近い授業をしないわけにはいかない。規則正しい生活を送り、先生や仲間と双方向で学べる方が、生徒にとってもいい。リアルな対話授業と同じとはいかないが、やってみて、意見を聞いて改善していくことに意味がある」と話す。

(2020/04/22確認21:00)

と紹介されるけど、結局、「通常に近い形の授業」を強行するのね。「生徒のことを思えば」が、「疲れた」という生徒とすれ違っているのがなんとも……。在宅で授業させられる教員の方も、遠からず疲弊するだろうなと思うのである。

せっかく、この朝日新聞の記事は、記事の終わりに「オンライン授業の主な事例」が分かりやすく紹介されている*1のに、結局、記事のほとんどが「オンライン会議型授業」しか意味がないという論調になっている。

そんなに「オンライン会議型授業」ってよいものですかね?

オンラインの良さをかき消していないか…?

「オンライン会議型授業」を学校が選びたがる心性はよく分かる。生徒の生活習慣の問題や個人差を浮き彫りになる「自主学習」に対して強い懸念があるからだ。それが学校の領分なのか……という問題はあるのだが…それはとりあえず置いておこう。

だから、一斉に生徒を集めてやりとりをするということについては、ある程度の頻度であれば、致し方ない部分はあるかなとは感じている。本当に、生活リズムからズレてしまう生徒がいるし、生徒としても友達と一斉に会することが出来ることで気が紛れる部分があるのも確かなようである。

ただ、これが毎日、朝から晩までとなると……それどころか、朝の出席確認だけだとしても毎日となると、割と食傷気味になってくる感触がある。

根本的に、オンラインの良さは「いつでも好きなときに好きなものを」というオンデマンドだというのに、「一斉にこの時間に必ずやりなさい」というのは、長所を一気にそぎ落としてしまっている。

こんな記事がある。

prtimes.jp

まあ、話半分に読むべきだとは思うが、注目すべきは「一斉授業」にこだわる学校に対して

  • オンライン学習の利点としては、①自宅で勉強できる②自分のペースで勉強できる③集中できる

1位「自宅で勉強できる」が86%、2位「自分のペースで勉強できる」が71%と、自分のペースで勉学できるのがかなりの利点であるように思われる。また、3位に「集中できる」が36%であった。
一般的には「在宅では集中できない」と思われる方が多いかもしれないが、自分だけの環境の方が集中できる生徒も多いようである

(強調下線は引用者による。2020/04/22確認21:00)

という分析である。悲劇的?喜劇的なすれ違いである。

オンラインでずっと画面を見ることを期待する大人たちのどれくらいが、自分がオンラインで学習をしたことがあるのだろうか。今、教員免許更新をオンライン授業でやっているけど、時間の選択のできるこの講習ですら、早送りが出来ない、パソコンの前から離れられないという縛りのせいで、相当に苦痛な思いをさせられている。

gaccoが楽しく気軽にやれるのは、早送りや飛ばしが自由だからである。だからといって、gaccoの学習効果が低いとは思わない。(人を選ぶのは事実だろうけど)

この一斉授業をさせたいという事情は、「教員に授業させないと仕事をしていないのと同じだから在宅勤務させられない」というような背景がありそうな…穿ち過ぎか。

教員も教員で、「自分が授業をしないと生徒は困る」という思いは強いようである。その気概やよし。でも、それって本当かな?オンライン会議型だけしか選択肢はないのでしょうか?

いくらでも方法はある

朝日新聞の本文はどうも納得いかないことばかり書いているが、最後のまとめに出てくるオンライン授業の類型の整理は役に立つ。この類型のイメージはまだ学校においても共有されている訳ではないので、オンライン授業というと「オンライン会議型授業」というイメージしか持てていない先生が多く、「自分には出来ないのではないか」という危機感を持っている人が多かった。しかし、この記事の表を見て「こういうことなら自分もできそうだから安心した」という人が少なからずいる。

つまり、「オンライン会議型授業」にこだわらなくても、「課題やりとり型」で継続的に生徒にアプローチが出来ると感じる人もいれば「民間オンライン学習活用型」のように、コンテンツを上手に集めて提示できると感じている人もいる。

色々な手段があると感じているのに、「オンライン会議型授業」や「動画配信」をしていないと生徒のことを指導していないかのように扱われつつある状況は非常に息苦しいものがある。

これまでICTについて簡単なテキストのやりとりすらやったことがない人がいるような状態で、動画配信やオンライン会議型授業授業なんてやってもチープな物を拡散するだけで、学びの保証になると思えない。教員と学校のアリバイ作りにはなるだろうけど。

祈るような気持ちで、「オンライン会議型授業」をしていないと学校が面倒見が悪いと思われることがないようになってほしいと思っている。でも……世間のニーズを勝手に作り上げて、圧力をかけていくのは学校の内部なのだろうな……という絶望感も持っている。

圧力に耐えきれなくなるまで、うかつに動画配信や会議型の授業に走らずに、世の中にあるはずの豊かなコンテンツを、今の自分の目の前の生徒に合わせて整理しておきたい。そして、生徒一人一人と面談や対話をするのであれば、これまで以上に生徒から生徒自身がどうしたいのかを聞き出して、それを整理して見せる役割に徹したいと感じる。

オンラインを生徒に強要しなければ、成立しない学校にならないように、学びにならないように……とりあえず使ってみようぜ、という風潮に冷や水を浴びせていこうと思っています。

*1:ただし、なんでGoogle Classroomが「動画+やりとり」に分類されているのか不明。確かに動画も使えないこともあるけど、この朝日新聞の分類だと「課題やりとり型」では?Classiの上位互換だとバレたらまずいから、Classiと並べなかったの?ご丁寧に、Google Meetは分けているのに…

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