ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

面談の季節が始まるのです

夏休み目前。

学期末と言えば保護者面談の時期なのです。ちゃんと保護者に対して学校での子どもたちの様子を伝える、大切な時間になるので。

話すか聴くか

面談で難しいのは話す時間と聴く時間のバランスである。

基本的に自分はしゃべりすぎる。

保護者に生徒の苦情を申し立てたいわけではなく、シンプルに今の教育制度や入試制度が複雑すぎて、勘違いしないように話をしていると、それだけで話すことが大量に出てきてしまうのである。

うーん…そもそも説明をじっくりとされないと理解できない制度って、構造的な欠陥な気がする。

もっとシンプルにならんものかね…今の制度。

観点別評価についても、保護者世代の感覚からするとかなり異なる成績の付け方をしているので、説明不足だと混乱が生じる。

成績のことは子どもへのフィードバックでもあるので、見た目の数字などに振り回されて納得感のないままで終わりにならないように気をつけたいところである。そのための説明が必要なのだけど……説明がないと分からないフィードバックじゃあまり意味がない気が…。

そんなわけで自分は話しすぎるのである。

説得しようとしない

面談を保護者や生徒を説得して行動変容させようと考え始めると、話がややこしくなるし、基本的にそういう目論見は上手くなんて行かない。

保護者面談に限らず、生徒との面談であっても生徒の行動を自分の働きかけや面談で変えようとしてはいけない。それはどんなに言葉飾っても究極的には命令であって、自分で他人を好きにして良いという魂胆が透けてしまう。

あくまで面談は生徒自身が決定をするためのアイデアの手助けだけである。可能性は提示するけど、決めるのは自分である。

それは保護者が子どもに何を望んでも事情は同じで、保護者の言いたいことの代弁者に担任が成り代わるのはあまりよくないだろうなぁ…。言わなければいけないことを言うタイミングはあるが、だいたいの場合は言わない方がいい。ちゃんと聴いた方が良いのだ。

対話への意思

面談でどう話すか、どう聴くかということは、つまるところ相手を対等に認めて、どれだけちゃんとその場の対話に入り込んでいくかということに他ならないだろう。

相手のことをちゃんと尊重する意思を持って、決して侮らず、決して上からものを言わず、ちゃんと対等に対話をしようとする意思が大切なのだ。

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