ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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「未来の教室」をもっと知るために

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経産省が学校教育へ積極的に関与してきている。

www.s-locarno.com

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2018年以来、ずっと長い間この「未来の教室」の動向を追いかけてきた。その「未来の教室」の中心人物である、浅野大介さんがこれまでの「未来の教室」実証事業の内容をまとめて解説する本が発売されている。

ぜひとも、今後の教育の形を考えるときには読んでおきたい一冊だ。

GIGAスクールの理念を理解するためにも

本日の読売新聞の一面にこんな記事が出ていた。

www.yomiuri.co.jp

上記の記事では「GIGAスクール構想」の目的を

全国の小中学生にパソコンやタブレットなどの学習用端末を配備する政府の計画。理解度に合わせた学習やクラス内の意見交換などが目的。

(2021/11/07 19:50確認)

と説明しており、「一人一台」を実現するという一番の根幹を無視し、様々な領域で教育の質的な転換(教育DX)を実現しようとする理念を無視している。そもそも、GIGAスクール構想については

www.mext.go.jp

上記のページで説明されているとおり、かなり多岐にわたる目的が複合的に絡んでいる話であり、単純におもちゃのような使い方で授業で使わせることが目的ではない。

新聞記事にするなら以下の動画ぐらい視聴して書けば良いのに。

youtu.be

正直、こういう新聞記事が出ると、職員室で必ず鬼の首を取ったように「だからICTはダメなんだ」という意見が強くなる(よりによって管理職からという事例が多い気がする)。

こういうミスリードに対しても、『教育DXで「未来の教室」をつくろう―GIGAスクール構想で「学校」は生まれ変われるか』は強力なカウンターとしての役割を果たしてくれるかもしれない。

本書の中では、GIGAスクール構想で実現される教室の状況について以下のように述べている。

要は「下句集環境や手段の選択肢」が桁違いに豊かになり、世界中・日本中の知恵を集めた「いいとこ取りの組み合わせ」によって一人ひとりに最適な学習環境をつくれるはず、そして都市・地方間の格差や家庭環境の格差がかなり解消されるはずなのです。(PP.15-16)」

これは分かりやすく理想的に描いた表現であるとは思うが、こういう理念が根元にあることを軽んじて書いている上述の読売新聞の記事にはかなりの悪意があるように思う。

教育DXやGIGAスクール構想などは、かなりアレルギーを起こす人が多いのが学校という場所である。

しかし、そういう状況に対しても厳しい指摘を本書はしている。

「教育とデジタル」というと、我が国では20年近くもこんな会話が繰り返されました。

 

「多くの先生はパソコンやネットを教育に使う必要生を感じていない」

(中略)

「教育は“流行”に踊らず”不易”が大事だ」(デジタルはもう社会基盤なのに)

 

この手の「出口のない会話」に早く終止符を打たないと、世界の教育がこの先どう進化していこうと、日本では10年後も同じ堂々巡りが続く気がしました。

(PP.23-24)

GIGAスクール構想の実現をゴールとも、授業の改革とも呼ばず、「学校にICT環境を整備する「土管工事」を終えただけで、教育DXなど始まってすらいません」(P.25)というように、本気で教育を変えていこうという意識を強く感じる。

現場を知らないという主張は正しいか

こういう経産省の取り組み対して現場から出てくる批判の典型が「ろくに現場を知らないくせに」という呪詛である。

なるほど、確かに教育の「現場」で子どもたちと日々接しているのは自分たちであり、様々な教育をめぐる現実を突きつけられているのも自分たちである。その意味では自分の抱えている「現場」は間違いなくリアルであり、他の人には代替が難しい現場である。

確かに経産省の仕事は、決して義理人情や親切心で企画運営されているものではないし、合理性で厳しく判断される場合もあるので、そういう側面が学校の水に合わないという主張をするのにも一理ある面は感じられる。

とはいえ、この「未来の教室」実証事業について言えば、経産省はかなり現場に入り込み、現場と一緒に色々な挑戦をしているのも事実である。

今年度公開された、「未来の教室」実証事業の一部であるSTEAMライブラリーも業者が提供しているネタも多いが、学校で実証的に作られた素材も多く、非常に謙虚に学校のことを知ろうとする努力と、支援しようとする姿勢で成り立っていると感じている。

www.s-locarno.com

そういう取り組みの姿勢は「文科省に”任せて文句を言う”経済産業省も教育政策の”プランB”を提案して実行までコミットしよう」(P.54)ということなのだ。

自分も「現場」の人間なので自戒を込めて言うのであれば、こういう姿勢で様々な現場に入り込んでいる相手は、一つの現場で奮闘している人間よりもよほど「現場」を知っていると言える。

「競争と協創」が大切であるということを、クリティカルな関係となる存在があることの重要性を本書は説いているが、現場の視点からすれば、そういうクリティカルな同士を得られるということの意味を考えてみたいところだ。

アレルギーのように拒絶するのでは持ったいないだろうと思う。

教育DXで「いまの学校」が「未来の教室」に変わることによる一番大きな変化は「選択肢が増えて組み合わせが可能になる」ことです。(P.71)

この言葉に集約される。

今の学校が「選択肢」を現場だけで決めようとして、選択肢を選ぶ権利が学校と教員にしかない状況を少しずつ変える……そういう方向性が見える。

実現できる「未来の教室」

本書で紹介されている事例は確かに私立学校で公立校に比べて有利な環境を持っている学校での例もあるが、一方では普通の学校での実証事業の例もある。いずれの事例でも既に様々な工夫で一定の成果が上がっている。

裏を返した言い方をすれば、学校として本気で解決したい課題に直面し、時間と仕組みを作り、それを支える資金と人員があれば、問題解決は進んでいくのだ。

……先生たちがいいシゴトをするには「要は、学校は何をすればいい場所か?」をシンプルに問う組織文化をつくり、複雑な組織構造を克服する必要があります。(P.201)

という指摘が全てであり、そのための腹を決めることの学校にとってのハードルの高さがある。実証事業が共有されて、自分たちの問題を解決する可能性があるものと思えれば、また動き出す面があるのかもしれない。

だからこそ、本書のように様々な事例が並んでいるものが、分かりやすく紹介されていることの価値は大きいだろう。

本書の中ではかなり大きなビジョンとして、基礎・基本の学習はAIなどを活用して時間を圧縮して、探究型の学びで高度な学びを実現するような学校の在り方を提案しているが、そこまで今の学校と乖離が激しいことばかりを言われても、学校はアレルギーを起こしやすいだろう。

しかし、一つ一つの実証事業が、様々な学校の現実にある問題の一つとして、つながりを見つけられれば……それは、実現したい「未来の教室」になりうる。

夢があるかどうか

本書の最後にこういう言葉が書かれている。

まず先生が「夢」を口にする「未来の教室」へ(P.225)

「夢」を語ることを冷笑されるような職員室では、教育なんて続けられないし、教育という仕事も続けられない。

でも、現実には……。流行に踊らされない自分が利口で、夢物語を語ることは浮ついていると非難されると、徐々に挑戦の気持ちは折れていく。

実証事業が地道にさらに展開していき、可能性に共感できる人が増えて欲しいなと思う。

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