カレンダーを見ると、もう11月3日まで休みがないのか……。これはどっかで無理してでも有給を使わねば…。
いつでも誰もが忙しい
学校はいつでも忙しい。
特に担任業務を抱えていると、毎日、細々とした雑事を抱える。例えば、出席簿を清書して監査に耐えうるだけの整理をするのは担任の仕事で、担任以外は誰も代替してくれない(いつまで紙で続けんだろ…)。生徒から何か問い合わせがあれば各所に問い合わせを駆けずり回るのも担任の仕事である。まあ、何かと忙しい。
担任ではなく、役職に就いている人は輪をかけて忙しい。
担任に就いていない若い先生には山のような雑事が飛んでくる。
職員室で自分のことだけやって居られる人はほとんどいない(ほとんどであって、全くではない)。
下手をすると次の授業の準備も貯金を食い潰すような方法になりがちなので、本当に要注意です。
授業の準備をするだけでは、徐々に目の前の生徒とズレていく。ただ、準備するだけではなく、常に自分の手札をアップデートする必要もあるのだ。
そういう必要性があるのに、誰でもいつでも忙しい。
それでも自分の学びを
そういう忙しさがあるのは分かっているのだが、それでもなお自分で自分の学びを続けなければいけないと思う。
仕事が忙しいということを言い続けたら自分が学ぶ時間など捻出できない。いつだって生活に忙しい。忙しいと言い続けて自分の仕事をアップデートせずに終えてしまってよいのかという話である。
自分自身が学ばないでいると、他人に対して辛辣になりやすい。
学ばないでいれば、自分の無知に気づかなくても済む。だからこそ、他人に対して辛辣で意地の悪い態度を取るようになる。
余裕というものは学ぶことから生まれるのだ。
自分たちが相手にしている子どもたちは常に変わり続ける存在である。変わらないでいることでやり過ごそうとすれば、その淀みは必ず嫌気される。
仕事を捨てよ、街に出ようである。